良川どんだのよ、それ。
良川、どうしたんですか、それ。
「てめぇ良川! 大人しゅう寝とけっつっとんじゃ、はよ寝ぇ! 」
良川のマンションを訪ねると、聞き覚えのある血の気の多い怒声が廊下中に響いていた。
この粘りつくような甲高い声は、彼であろう。
アオモリを中心部から見下ろす、摩天楼の最上階は良川の所有物だ。
この階だけ、一つの入り口が一つのだだっ広い部屋を繋ぐ。
「MAY」というふざけた表札が、内部の怒声と振動に合わせてカタコトと音を立てた。
この分じゃあチャイムなんか聞こえないだろうな。
表札に手を翳すと、指紋認証でドアが開いた。
これを開けれるのは良川以外は俺と、今室内にいる彼だけだ。
「良川ぁ、上がるぞー」
玄関で一応声はかけた。
靴を脱いでマイクロファイバー付きのスリッパを履きかえ、磨き上げられたフローリングの上をそろそろと歩く。
「そんなに重症じゃないんだけど」
「やかましい。
風邪は引き始めが肝心言うやろが」
「ていうか、君のお粥なんてカオスだからね。
食べ物じゃないからね。
治るものも治らないからね」
2人の心底くだらない会話が、ひどく懐かしく感じられた。
俺、帰って来たんだ。
自分の家に帰るよりも、絶対的な安心感がここにはある。
リビングのドアを開けて目に飛び込んできたのは予測通り、彼の翡翠色の長髪だった。
「あ、美玲やん。
お前どこ行っとったん?」
彼……佐野雅は俺を見てもニコリともしないで言った。
雅はかなり背が高いので、慣れるまでは見下されているみたいに感じるが、長く付き合って性格を知ればその無愛想も愛おしく感じられるようになる。
「例の転入生のさ……まぁ、色々あんだよ。
……って、良川どんだのよ、それ」
良川はちゃんちゃんこを着て、分厚い毛布にグルグル包まっていた。
確かに春先はまだ冷えるが、床暖房完備の部屋でいくらなんでも、これは暑いだろうに。
俺の哀れな物に向ける様な目線に気付いたのか、良川はため息交じりに、
「雅にやられたの。ちょっとクシャミしただけだったのに……大げさだよね」
と、肩を竦めてみせた。
俺は納得した。
雅と良川が出会ったのはほんの3年前の、入学式。
思えばその時から雅は良川に懐いていた。
決して人懐こいタイプではない雅が、唯一初対面で心を許した相手。
それが良川五月なのだ。
それ故にか、雅は良川に対してかなり過保護だ。言葉遣いが荒いのも、逆を言えば気の置けない関係だと感じている証拠なのだ。
「あんまり説得力ねーからな。季節の変わり目には絶対熱出すべ」
「美玲までー……これじゃあ仕事できないんだよ」
「良川、お前、仕事なんかするん? 初耳ビックリなんやけど」
あ、良川が顔を背けた。
そりゃあ……良川が真面目に仕事する訳ないよね。
良川だし。
「ていうか雅珍しいな。バイトねーの? 」
「今日は休んだ。ちょっと2人に聞きたい事とか色々あんねん」
俺と良川は顔を見合わせて、お互いにクエスチョンマークを顔に浮かべた……
とうとう関西弁がでましたね。
え、関西弁も無理矢理だって?
仕方ないじゃないですか、話したことないんだもん。
ただの憧れで書いてるんです。