魔王ちゃんと勇者ちゃん
「まーおーうーちゃん、あーそーぼっ」
その城中に響くでっかい声を魔王城の玉座で聞いて、私は頭を抱える。
また来たよ、あの脳筋娘……。
私が嘆息しながら謁見の間を出て行こうとすると、配下の一人が私に声を掛けてくる。
「魔王様、最近お顔の色がすぐれないようですが……」
「そりゃそうよ。ここ数日で、何回あいつの相手させられてると思ってんのよ」
「おいたわしや。でしたら本日は僭越ながら、わたくしもご一緒に」
「いらない。何度も言わせないで。アレ相手じゃ、正直足手まといなの」
「はっ、失礼いたしました。ご武運を」
そんな会話を交わしつつ、屋上へと上がる。
屋上の縁に立ち、眼下を見下ろす。
一人の人間の少女が、魔王城の大きな門扉の前に、小さく立っていた。
「ちょっと勇者! いい加減にしてくれない!? 私、あんたのこと嫌いだって言ったよね!?」
屋上の縁に身を乗り出して、眼下に見える少女に叫びかける。
するとそれに対し、少女はこっちを見上げて、叫び返してきた。
「ボクも言ったよね!? ボクは魔王ちゃんのことが大好きだって!」
頭痛い。
会話がかみ合わない。
「ね、一緒に遊ぼう、魔王ちゃん! 降りてきてよ!」
「嫌だって言ったら!?」
「力ずくで魔王ちゃんのトコ行くよ!」
少女が言って、腰から剣を抜く。
それをオリハルコン製の門扉に向かって振り下ろそうとするので、私は慌てて待ったをかける。
「分かった、今行くから待って!」
「うん! 待つ!」
少女は嬉しそうにそう言って、剣をぐるんぐるんと頭上で振り回す。
あれが城内の強行突破を試みると、魔王城の器物と部下の命がいくつあっても足りない。
私は背中の翼を広げて、ゆっくりと魔王城の外を降りてゆく。
やがて、勇者が立っている魔王城の門扉の前に降り立った。
「えへへー、魔王ちゃん、逢いたかったよ!」
少女が剣を収め、私に抱きついてくる。
私は諦め半分で、彼女のやりたいようにさせる。
彼女のバカ力のせいで、体中の骨が若干軋む。
私の部下ぐらいだったら、これで全身複雑骨折だろう。
さらにどさくさ紛れにキスしてこようとする少女の顔を手で押し返しながら、私は彼女をにらみつける。
「あんたさ、私あんたのこと、昨日も殺してやったよね」
そうだ。
昨日は一時間近くにも及ぶ死闘の末に、最後は究極の闇魔法でその生命を刈り取ってやったはずだ。
「ぶー、そうだよ魔王ちゃん。いくら復活するっていったって、ボクだって痛いんだからね。死ぬほど痛いんだよ、知ってる?」
知らん。
狂人の神経など、知りたくもない。
「そう思うんならもう、私に突っかかってこないで」
「えー? だってもうボクより強いの、魔王ちゃんしかいないんだもん。つまんないよー」
「このバトルジャンキーが」
「えへへー」
「ほめてないからね?」
少女は私のことを解放し、急にもじもじとし始める。
「……ねえ、どうして魔王ちゃんは、ボクにそんなに冷たくするの? やっぱりツンデレさん?」
「毎日毎日、殺し合いしようって言ってくるバカ相手に、デレ要素が存在するとでも?」
「えー、楽しいじゃん、殺し合い!」
「もうやだこの子……」
その日、私はやっぱり一時間ぐらいの死闘の末、最後には勇者の心臓を手刀で貫いて殺害した。
勇者の体は、パッと光の粒になって、天へとのぼっていった。
お父様の遺志を継いで、人間たちが席巻する地上の侵略を試みていた私だったけど、そろそろ心が折れそうだ。
私はとぼとぼと、お城の中へ引き返した。