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飛翔する燕  作者: 髙津 央
第四章 次の任務へ

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90.次の任務へ

 王都へ帰還すると、ゆっくり休む間もなく、報告書の作成に明け暮れる。


 ナイヴィスは書類の空欄を埋めながら、対峙(たいじ)した魔物を思い出し、手が震えた。いつもより時間を掛けて、心を(しず)めながら書きこむ。

 ワレンティナも、ナイヴィスに聞きながら、何とか一枚だけ書き上げた。その一枚をひらひら振って喜ぶ。


 ソール隊長が、封蝋(ふうろう)()された巻物を手に、詰所の事務室へ戻って来た。

 ワレンティナが、ぴたりと動きを止める。


 「ナイヴィスが言っていた予防の件だが……」

 「……どう、なったんですか?」


 「他の部署でも検討してくれるそうだ」

 「()いてから戦うより、涌かない方がいいもんなぁ」

 隊長の言葉に、トルストローグが書類作成の手を止めて(うなず)く。


 「うむ。トリアラームルス副隊長を通じて、三つ首山羊の王女(トリ・ガローフ・カザー)殿下の御耳にも入ってな……」

 部屋の空気が張り詰める。


 「今、トルストローグが言ったようなことを仰って、今はまだ、何をどう啓蒙すればいいか不明だが、王室でも考えて下さるそうだ」


 〈あら、よかったじゃない〉

 ……なんだか、思った以上の大事(おおごと)になってるんですけど……


 〈バカじゃないの。この国は、三界の魔物を倒す為に建国されたのに。国を挙げて予防に取り組むなんて、当たり前じゃない。今まで誰も言い出さなかったのが不思議なくらいよ〉


 「新しい取り組みが始まれば、その分、仕事の手間も増える。それを面倒に思う者が現れるかも知れんが、まぁ、気にするな」

 隊長が、ナイヴィスに将来の厄介事を警告する。

 ムグラーが筆記具を置いて、溜め息をついた。


 「それはそうと、次の任務だ」

 隊長は封蝋を切り、命令書を開いた。

 「……護衛……だな。舞い手殿をお守りせよ。城から主峰の祭壇へ(おもむ)く。期間は八月の初めから終わりまで」 


 〈あら、祭壇へ行くの。よかったじゃない。ついでに成人の儀もしてもらいなさいよ〉

 ……公務で行くのに、そんな、ついでに私用なんて、いけませんよ。

 〈あなた、ホントにお堅いわねぇ……〉


 「ここから先は、くれぐれも他言(たごん)せぬよう、心して聞け」

 隊長が口調を改め、隊員を見回す。

 四人は居住まいを正して隊長に注目した。


 「この度の舞い手殿は、三つ首山羊の王女(トリ・ガローフ・カザー)殿下のお血筋で、特別の配慮が必要なお方だ。野茨の血族ではあるが、異国にお住まいで、魔力を持たぬ半視力(はんしりょく)だ。湖北語(こほくご)もわからん」


 事務室の時間が止まったように静まりかえる。


 ムルティフローラは、魔法文明に立脚した国だ。

 民の大半は、力の強弱はともかく、魔力と霊視力を持つ。


 極稀(ごくまれ)に生まれる魔力を持たぬ子は「碩学(せきがく)の無能力者」、霊視力を持たぬ子は「半視力(はんしりょく)」と呼ばれ、特別の保護を必要とする。

 周囲の大人が特に注意して守り育てても、魔物や獣に(こう)しきれず、成人まで生きられないことが多い。


 息を詰めて次の言葉を待つ。

 「私は生憎(あいにく)、別件で同行できん。だが、鍵の番人が御同行下さるので、心配いらん」


 〈あら、あのちびっ子のフリした長老……暇してんのねぇ〉


 ナイヴィスも、導師「鍵の番人」の呼称は聞いたことがある。

 三界の魔物の封印と、ムルティフローラの建国に携わった者のひとりだ。


 古い時代の呪医(じゅい)は、術で成長を止められている為、幼い姿のままだと言う。

 存在そのものが封印の術に組み込まれ、二千年以上の長きに(わた)ってこの世に留まっている。他にも、同様の導師が十数人いる。


 女騎士ポリリーザ・リンデニーは、退魔の魂となってこの世に留まり、武器として戦うことで民を守っている。

 普通の民は、死後に残った【魔道士の涙】を塀に埋め込み、結界の術に魔力を供給することで民を守っている。


 導師達は、封印の術に自らの全存在を組み込んでいる。

 生きているとも死んでいるとも言えない状態でこの世に留まり、ある者は能動的に、またある者は街の防護の結界、或いは山など自然の地形となり、その場所から先へ三界の魔物を逃さぬよう、幾重にも守っている。


 鍵の番人は人の形を保ち、能動的に活動する。国土を囲む山脈となった騎士ヒルトゥラは、後者だ。

 

 「王女殿下がこの度の働きで、我が隊を見込まれ、御下命なさった任務だ」

 誰も声に出さないが、空気がざわついた。


 〈鍵の番人は強力な呪医(じゅい)よ。即死でない限り、一瞬で元通りに治せるから、すぐに戦えるわ。安心なさい〉

 ……それ、どう安心するんですか? 即死するかもしれないくらい、危険な任務ってことですよね?


 〈舞い手殿はもっと大変よ。祭壇に溜めた穢れの中に入って、建国王の剣でそれを祓う剣舞を奉納するのよ〉


 ヒルトゥラ山の祭壇には、成人の儀で国中の若者から祓った穢れを溜めてある。

 それに瘴気(しょうき)が触れると三界の魔物が発生する為、数年に一度、祓い清めるのだ。

 この儀式は、結界の最外周の守りを強化するものだ。


 祭壇には、特殊な魔法陣が描かれている。

 野茨の血族が祭壇で、建国王の【魔道士の涙】を()め込んだ剣を用いて、呪文を織り込んだ剣舞を舞う。

 剣舞と魔法陣の術で、穢れを魔力に変換し、山脈全体に行き渡らせ、結界を補強する。


 ……万一、舞い手殿の身に何かあったら……


 ナイヴィスはそれ以上、悪い想像を巡らすことをやめ、何としてでも舞い手の命を守れるよう【真水(さみず)の壁】の修得を心に誓った。

 魔剣が、その悲壮な決意を軽く流す。


 〈剣繋がりで、いい任務じゃない。あの王女殿下のお血筋なら、きっといい子よ〉


 「こんな筈じゃなかったのに、私の人生、剣に振り回されてる……」

 脱力して項垂(うなだ)れるナイヴィスに、トルストローグがおどけた調子で言う。


 「これが、運命ってもんだよ」

 「さっさと諦めて、剣を振り回せるようになれよ」

 ソール隊長が苦笑すると、ワレンティナとムグラーも笑った。

 と言う訳で、「野茨の血族」に続きます。

 ナイヴィスたちが登場するのは、政晶がムルティフローラに到着してからです。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
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野茨の血族」 その後の護衛任務の話。
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