81.戦う意志を
「ムグラーッ!」
ワレンティナが悲痛な叫びを上げる。
盾の展開が間に合わない。角を振り立て、雄牛が突き上げた。躱し切れず、脇腹が抉られる。
騎士の身体を引っ掛け、雄牛が首を大きく横に振った。長身のムグラーが、軽々と跳ね飛ばされる。
「あぁッ!」
ムグラーが背中から地に叩きつけられ、激しく咳込む。
ナイヴィスは、自分が攻撃を受けたような衝撃を覚えた。勿論、ナイヴィスの身体は無事だ。自分もムグラーに駆け寄り、助け起こしたいが、足が竦んで動けない。
雄牛は草地を駆け、木立の手前で大きく泉を回り込んだ。今度は、小柄なワレンティナに突きかかる。
「霹靂の天に織りたる雷は、魔縁絡めて魔魅捕る網ぞ」
ワレンティナは呪文を唱え、横へ跳び退きながら、剣を横に薙いだ。稲妻のように輝く網が広がる。
魔獣は頭から【紫電の網】の中心に突っ込んだ。
網が魔獣の上体を包み、収縮する。緑の雄牛は激しく身を捩り、苦痛に吠えた。もがけばもがく程、上半身が網目状に切り刻まれ、青黒い血を迸らせる。
ワレンティナは、魔獣の動きを目で追いながら、木立の間を移動した。
〈あなたは、どうしたいの? 攻撃? 防禦?〉
「たっ……たすっ……」
全身が震え、言葉にならない。
ワレンティナが雄牛の背後に回り込んだ。苦痛に跳ねる雄牛へ、再び【紫電の網】を投げる。輝く網が右腿に食い込み、巨体が倒れる。
……ムグラーを……助けたいのに……ッ!
焦燥感に胸が締め付けられるが、身体は恐怖に囚われ、動かない。
ムグラーが脇腹を押え、片膝をついた。剣を支えに立ち上がろうとする。鎧の【防護】でも防ぎきれず、出血が酷い。
「う……う、後ろーッ!」
ワレンティナとムグラーが、同時に振り向く。
濃紺の長い魔獣が、立ち上がろうとするムグラーの背後に迫っていた。ムグラーは横へ倒れ、その一撃を紙一重で躱した。そのまま地を転がり、距離を取る。
魔獣は地面で強か鼻面を打ち、その勢いで牙が数本折れ、跳ね上がった。
ナイヴィスは、自分の大声に驚いた。
生まれてこの方、腹の底からこんなに叫んだのは、初めてだ。
〈はい、大変よくできました。で、あなたはどうしたい? 攻撃? 防禦?〉
「なっ、何でもいいので、ムグラーを、助けたいです」
木の幹を背に震えながらも、今度は言えた。
〈そう。じゃ、攻撃ッ!〉
命令と同時に「攻撃」を選択した理由が、幾つも同時に提示される。
簡易結界は突破された。
ナイヴィスに使える【不可視の盾】は、不慣れな上に使い捨て。
身を守る手段は、鎧の各種防護魔法のみ。それも突破された。
ナイヴィスは、まだ【壁】を建てられない。
まだ、攻撃の呪符も使いこなせない。
魔獣はどちらも手負い。魔力を持つ人間を喰らい、傷を癒したがっている。
負傷したムグラーは、恰好の標的。
まず、緑の雄牛にトドメを刺す。
繋がった心が、大量の情報と、言葉にならない思いを、瞬時に伝えあう。
〈さあ、あのコの所へ走りなさいッ!〉
真名への命令ではない。ただ一言の命令が、ナイヴィスを突き動かした。
右手で柄をしっかり握り直す。女騎士の見えない手が、強く握り返した。




