80.攻撃か防禦
二人を守った【不可視の盾】は、魔法にも物理攻撃にも、大きな防禦力を発揮するが、使い捨てだ。
身に着ける物に予め、任意の合言葉を織り込んで掛け、攻撃に備える。合言葉で展開し、一度だけ身を守って消える。
〈あれは簡易結界じゃ防げないわ。このコみたいに【盾】で防ぐか、避けなさい〉
「えっ?」
ナイヴィスの手袋に掛けた【不可視の盾】は未使用だが、あれを防ぐ自信はない。
況してや、飛んで来る光球を避けるなど、余程の達人でもなければ不可能だ。
〈当たったら、鎧でも怪我する威力よ〉
「えぇッ?」
〈準備動作が長くて、来るのわかるんだし、落ち着いて何とかするのよ〉
女騎士は、こともなげに言う。
緑の雄牛は、荒い息を吐き、蹄で地面を掻く。【網】が絡んで思うように動けず、かなり苛立っている。
「先具 不可視の守を 此処に置く 置盾其の名 “クラースヌィ”」
ムグラーが【不可視の盾】を掛け直した。
ナイヴィスはどうしていいかわからず、じりじりと簡易結界へ後退りながら、魔剣の柄を握り締めた。
〈攻撃したい? 防禦したい?〉
「えっ……と、仰られましても……」
一番の望みは、ここから逃げ出すことだが、流石にそれは言えない。
攻撃も防禦も、どう動けばいいかわからない。
ムグラーの【光の槍】が、緑の雄牛の右目を貫いた。
苦痛の咆哮を上げ、怒りに任せて【白銀の網】を引き千切る。青黒い血を噴き出しながら、自由になった脚で大地を蹴った。
〈サフィール・ジュバル・カランテ・ディスコロール、右手へ走れ!〉
ナイヴィスが命令を認識するより先に、足が勝手に駆けだす。
簡易結界から飛び出した直後、雄牛はムグラーの頭上を飛び越え、ナイヴィスが立っていた地点に着地した。巨大な蹄で黒土が抉れる。
〈簡易結界を、強行突破できる強さってことね〉
魔剣が停止命令を出さなかった為、ナイヴィスは木の幹にぶつかって止まった。
色々な意味で涙を滲ませ、左手で頬をさすりながら、振り向く。
ムグラーは、鋼の剣で緑の雄牛に立ち向かっていた。
ワレンティナが泉越しに、雄牛の腰へ飛礫を降らせている。
隊長とトルストローグは、長い魔獣と戦っていた。
牙を躱しざま、トルストローグが、長い頭部に重い斬撃を浴びせる。深紅の血飛沫が上がり、魔獣が身を捩った。
隊長が【光の槍】で追い打ちをかける。
頭部はそれを躱したが、その奥、森でくねる胴が穿たれた。濃紺の胴が、血を噴きながらのたうつ。
木々が揺れ、木の葉が落ちる。落ち葉が赤く濡れ、【灯】の青白い光を反射した。
ムグラーが、草の刈り跡に躓き、体勢を崩した。




