79.紺色の大蛇
トルストローグは、もう一体を警戒していた。
葉擦れの音が上から聞こえる。【灯】の範囲に、夜闇に溶け込む紺色のモノが入った。長い。夜の森に紛れ、長い何かが、枝葉を伝って近付いて来る。
隊長が、長いモノに向き直る。
ワレンティナは再度、同じ呪文を唱えた。緑の巨体に飛礫が叩きつけられる。
跳躍しようと身を縮めた緑の雄牛が、蹈鞴を踏んで留まった。
その隙にムグラーが【障の壁】を建てる。【石の雨】が止んだ瞬間、魔の雄牛が地を蹴った。【網】が絡み、歩幅が狭められる。思うように動けぬ怒りを目に滾らせ、ムグラーに突進した。
見えない壁に阻まれ、雄牛の巨体が自らの力でひしゃげる。角が片方、折れて落ちる。重い音を立て、地に突き立った。
ナイヴィスの手で、抜き身の魔剣が魔力を収斂し、刃を実体化させる。
〈私が「振れ」って言ったら、振り下ろすのよ〉
「えっ?」
長剣を握った右腕だけが前へ出る。
右腕に引きずられ、足も前へ。折角、戻った簡易結界から引きずり出される。
「ギャーッ! 無理むりムリッ! やめて止めてーッ!」
〈いいから出なさいッ! あんなの雑魚よ〉
引きずられながら、視線を左へ向ける。
頼みのソール隊長は、トルストローグと共に、紺色の大蛇と戦っていた。
蛇の頭を更に引き伸ばした頭部。大きく開けた口の中には、鋭い牙が二列、びっしり生えている。
頭部だけで、大人の身長並の長さだ。闇に溶け、全体は定かでない。【灯】の範囲に入った部分だけでも、相当な長さだ。
木の幹に巻き付いたまま、解いた上体を鞭のようにしならせ、凄まじい速さで草地の人間を襲う。【真水の壁】に阻まれ、敢え無く弾かれた。
紺色の大蛇が触れた瞬間、【壁】が青く色付く。
緑の雄牛が、姿勢を低くした。
角が赤熱したように輝く。ムグラーが左手袋の【不可視の盾】を展開した。
健全な角と、折れ残ったもう一本の間に、火花が散る。その数が次第に増し、斜めに歪な線が現れた。線の中央で縦に激しく火花が弾ける。
「なっ……」
ナイヴィスは言葉が続かない。
魔剣が、ナイヴィスの疑問と混乱を代弁し、次の行動も示す。
〈あれが何で、これから何が起こるのか、ですって? 今回はこのコが守ってくれるみたいだから、見てなさい〉
「えぇっ?」
思わず声が裏返る。
角の間で光球が膨れ上がり、辺りが明るくなる。緑の雄牛が、大きな動作で首を振り、光球が放たれた。まばゆい軌跡を描き、二人を襲う。
ムグラーが【不可視の盾】を構え、雄牛とナイヴィスの間に立ち塞かった。
光球が【盾】に触れる。
地を鞭打つような音と同時に、輝きが消えた。
辺りが唐突に【灯】が照らす薄闇に戻る。
ほんの一瞬の出来事の筈だが、ナイヴィスにはとてつもなく長く感じられた。




