78.巨牛と戦う
「来た」
ムグラーが、更に【白銀の網】を広げる。【灯】の範囲内に緑の巨体が現れた。
まず、太い二本の角。雄牛に似た頭部。筋肉の盛り上がった肩。太い前脚。蹄は手桶程もある。
魔獣が一歩踏み出し、足を上げる。踏まれていた枝が勢いよく跳ね上がり、元に戻った。
〈図体は大きいけど、まだ、少ししか魔力のあるものを食べてないのね。一応、実体はあるけど、スカスカ。体重は軽いみたい〉
魔剣が言うように、巨大な足で踏まれた灌木は、枝がしなるだけで折れていない。
外見は巨体で筋骨隆々だが、やわらかいらしい。
木々の隙間をふにゃりとすり抜け、近付いて来る。固体と液体の中間的な動きで、泉の手前まで出てきた。
木々の間で立ち止まり、こちらの様子を窺う。荒い息遣いに混じり、涎が滴った。
〈落ち着いて、【網】を消しちゃダメよ〉
「……はい」
声に出して答えた瞬間、魔獣が身を躍らせた。巨体に見合わぬ素早さで、手近のムグラーに襲いかかる。
ムグラーは両手を広げたまま、横へ跳んだ。【網】が更に広がる。
魔獣は、先程までムグラーが立っていた場所、【白銀の網】の中へ飛び込んだ。【網】に掛かっても、巨体の勢いは止まらない。
二人は【網】を掴んだまま引っ張られる。体重こそ軽いが、力は強い。踏み留まれなかった。
〈【網】を放して、私を抜きなさい〉
「えっ、で、でも……!」
ムグラーが、魔獣の背後を回り、ナイヴィスに駆け寄る。【網】が一周すると、ムグラーも剣を抜いた。ナイヴィスも慌てて、魔剣を鞘から外す。
魔獣は泉の縁、ギリギリの位置で止まった。首を巡らせ、散開する人間を値踏みする。
「想い磨ぎ 光鋭き槍と成せ」
「夢醒まし 石よ意志持ち 地より出で 頚木逃れて 地より降れ」
魔獣が狙いを定めるより先に、隊長とワレンティナの術が発動した。草刈りをしたばかりの地面から、石の雨が降り注ぎ、土煙が上がる。
泉越しに飛んだ【光の槍】が、魔獣の眉間を貫いた。
「やったか?」
元よりこの世に在る真っ当な生物とは、体の造りが違うらしい。魔獣は苦痛の咆哮を上げるが、倒れはしなかった。乱れた土に青黒い血が流れる。
地を揺るがす咆哮。驚いた鳥が羽音を立て、あちこちから飛び立った。
夜の森がざわめく。
魔獣の姿は雄牛に似ているが、口から覗く鋭い牙は、肉食獣のそれだ。
のっそりと振り向く。【光の槍】を放った隊長ではなく、【白銀の網】を掛けた二人に向き直った。足に【網】が絡みつく。
ムグラーがナイヴィスを背に庇い、緑の巨体と対峙する。
〈三界の魔物じゃないんだから、自力でなんとかなさい〉
「えっ、そんな……ッ!」
「ナイヴィスさん、落ち着いて。【網】で動きは鈍ってます。結界に戻って下さい」
ムグラーが振り向かずに指示する。
ナイヴィスは言われるまで、簡易結界の外へ引きずり出されていたことに気付かなかった。慌てて戻る。




