76.誘き寄せる
夕空をひらひらと、蝙蝠が舞っている。
ナイヴィスは、蝙蝠を見るのも初めてだ。
鼠のような体だが、皮膜を使って蝶に似た動きで飛んでいる。どうやら羽虫を食べているようだ。
外見の薄気味悪さは魔物と大差ない。
ナイヴィスはふと、魔獣と真っ当な生物の違いは何だろう、と思った。
文献と世間の常識。知識としては、わかっているつもりだ。
ここ数カ月は、女騎士ポリリーザ・リンデニーから直接、消化しきれない程、大量の知識を与えられた。
王都の外へ出て、本でしか知らなかった野生の生き物を見て、実物の魔獣とも対峙した。
先日の赤い蛇の魔獣も、蝙蝠のような羽で飛んでいたが、あちらは、逃げることもままならないくらい、怖かった。
魔獣の何がそんなに恐ろしいのか。
蝙蝠は薄気味悪いが、怖くはない。
何がそんなに違うのか。
〈そんなコト考えたって仕方ないでしょ。それよりホラ、もう時間よ〉
考え事をしている間に日が暮れていた。
ナイヴィスとムグラーが、それぞれ、ワレンティナとトルストローグを起こす。
「闇照らす 夜の主の眼差しの 淡き輝き 今灯す」
ソール隊長が、泉の周囲の木々に術で【灯】を点した。
「この明るさで、雑妖程度のモノは寄って来なくなる」
〈魔物も魔獣も、魔力のあるものが好物だから、魔法の【灯】に寄って来るのよ〉
「えぇッ?」
「なんだ、ナイヴィス、雑妖と戦いたかったのか?」
「いえ、滅相もない」
両手を振って、全力で否定する。
〈何しに来たか、わかってる? 魔獣の討伐なのよ? 忘れたの?〉
「ムグラーの言う通り、ここに誘き寄せ、迎え撃てば戦いやすい」
「簡易結界もあります。よっぽど強いのじゃなければ、それで凌げますから」
ナイヴィスを安心させようと、隊長とムグラーが口々に言う。
トルストローグが親指を立てて笑った。
「肉体を得た魔獣なら、俺も戦い慣れてるから、戦うのは任せろ」
「お兄ちゃん、食べられちゃダメよ?」
「う……うん、頑張る」
十二歳から自警団に所属し、魔獣と戦ってきた従妹に言われ、ナイヴィスは頷いた。




