70.泉のほとり
昼頃には、小さな泉の畔に出た。
村長の話では、村人が休憩に使っていたと言う。
ここは日当たりが良く、草の勢力が旺盛だ。
草刈り鎌が二本しかないので、交代で作業する。
ナイヴィスは、トルストローグに鎌の使い方を教えてもらった。
鎌を振るうと、草地のあちこちから、バッタやコオロギが飛び出す。
ナイヴィスは、その度に息を飲んで硬直した。
ワレンティナが面白がって、鞘で草地を薙ぎ払う。
我慢して刈り進む内に、全て森へ逃げたのか、しばらくすると、飛び出さなくなった。
刈り跡と生い茂る部分の差で、成果がよくわかり、達成感が大きい。コツを掴めば、すっぱり切れて楽しかった。
青草の香も清々しい。夢中で人生初の草刈りをする。
草刈りに小一時間掛かった。
「こうしておけば、我々の休息でも、後で村人が利用する時も、過ごしやすいからな」
腰を伸ばして、隊長が言った。
ナイヴィスも額の汗を拭い、それに倣う。中腰で作業していたからか、腰が痛む。
鎧のお陰で外気の暑さは感じないが、作業で上がった体温はどうにもならない。ほんの少しの作業だが、疲れ切っていた。
泉の水を起ち上げ、汗を流す。さっぱりして気持ちいい。
これまで感じたことのない爽快感に、なんとも表し難い感動を覚えた。
〈たまには、こう言うのもいいでしょ〉
……そうですねぇ。
〈ところで、不思議だと思わない?〉
……何がですか?
〈どうして、草ボーボーだったの?〉
ナイヴィスは少し考えて答えた。
……魔物が出て、村の人が来なくなって、手入れしなくなったから、じゃないんですか?
〈あなたって、やっぱり都会っ子なのねぇ〉
……それは否定しませんけど、そんな馬鹿にしなくてもいいじゃありませんか。
ナイヴィスは渋面を作り、左腰に吊るした魔剣に視線を向けた。
魔剣となった女騎士は、そんな視線を意に介さず、間抜けな魔剣使いに質問を投げる。
〈森の水場なんだから、鹿とかが水を飲みに来る筈でしょ? おかしいと思わないの?〉
……あっ!
そこまで言われてやっと、異常性に気付いた。
草刈り前、泉の周囲には獣道すらなかった。背の低い木が疎らに生え、草は大人の腰辺りまで伸び、場所によっては背丈程にもなっていた。
森の獣が水を飲みに来るなら、獣道が出来る筈だ。
鹿などに食まれて、草丈はもっと短くなる。鹿の数が多ければ、泉周辺の草が、一本もなくなることもあるだろう。
〈その場所の本来あるべき姿と、おかしな点、違和感に気付けるようにならないと、生き残れないわよ〉
……ムチャ言わないで下さいよ。王都から出たことなくて、森もまだ二回目なのに。
〈その言い訳を、魔物が聞いてくれるといいわねぇ〉
魔剣となった女騎士は、ナイヴィスの脳裡にニヤニヤ笑う思考を送った。
〈まぁ、でも、そんなに心配しなくていいわ。いきなり肉体のある三界の魔物に当たったのに、ちゃんとできたんだから。次に何が来ても、大丈夫よ〉
それの、何が、どう、大丈夫なのか。
〈ホントは、幽体だけの三界の魔物を退治する命令だったんじゃない? 王女殿下がお守り下さる範囲を、安全にする為の〉
ナイヴィスは、ソール隊長が命令書を見ながら発した言葉を思い出した。
「三つ首山羊の王女殿下は、三界の眼ではないので、そこそこの魔物を相手にすることになる」
〈生きながらにして三界の魔物と化した者がいるなんて、あの時、誰も知らなかったんだから〉
想定外の強敵にも関わらず、適切な対応ができた。
無理に自力で戦おうとせず、早めに援軍を呼べた。
女騎士ポリリーザ・リンデニーは、トリアラームルス副隊長と同じ点を褒めた。
〈今日、近衛騎士が行った東の湿地に、緑の手袋小隊が本来倒す筈だった「穢れ生まれの三界の魔物」がいる筈よ。まだ幽体しかなくて、あれより弱いのが〉
ナイヴィスは命令書を読んでいないが、隊長の思惑はわかった。
まず、日の当たる場所で雑妖退治から始めて、次に小さな魔獣。
ナイヴィスをだんだん慣れさせて、日程の最後に、東の湿地に巣食う「穢れ生まれの三界の魔物」の討伐をする予定だったのだ。
予想外の場所で、肉体を持つ三界の魔物と遭遇し、緑の手袋小隊は精神的に疲弊してしまった。
赤い盾小隊が見兼ねて、湿地の三界の魔物を引き受けてくれたのだろう。
ナイヴィスは自分の臆病さのせいで、隊長と隊員たちに余計な手間を掛けさせてしまったことに、項垂れた。
〈申し訳ないと思うんなら、もっと気合い入れなさい〉




