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飛翔する燕  作者: 髙津 央
第一章 最初の任務
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07.監視と追跡

 鳥の声で目が覚めた。

 腹に何か乗っている。

 横を見ると、ワレンティナが寝ていた。


 状況を思い出し、ナイヴィスは従妹の足を腹から降ろし、そっとベッドから抜け出して、表へ出た。


 遠く山の()が白み、濃紺の空から星々が姿を消しつつあった。

 井戸端へ行き、水を起ち上げる。

 「優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。

  漂う力、流す者、分かつ者、清めの力、炎の敵よ。

  起ち上がり、我が意に依りて、洗い清めよ」

 顔を洗い、汚れを捨てた水を円盤状にして、宙に浮かべた。


 ナイヴィスの胸の高さに浮かぶ水鏡が、空を映す。

 毎朝の習慣となっている天気予報……【空読み】の呪文を唱えた。

 「空の色、雲の流れは風の道。

  天の相、雲の道行く水の精、一日(ひとひ)の候をここに表す」


 力ある言葉に従い、水盤が朝昼夕夜の四色に分かれ、それぞれの天候を光で示す。

 四つの区画に浮かぶ光はいずれも、快晴を示す黄色だ。

 よく見ると、夕方の隅に雨を示す青い光が、小さく点っている。夜の初め頃に夕立がごく短い時間降る。


 ナイヴィスは、朝食の席で今日の天気を告げた。

 「暑くなりますな。村の者に【耐熱】を切らさぬよう伝えます。ありがとうございます」

 村長がナイヴィスに笑顔を向けた。

 誰かが術で天候を操作しない限り、【飛翔する燕】の天気予報が外れることはない。


 朝食後、片付いた食卓に地図を広げ、ソール隊長が今日の予定を説明した。


 カボチャの実は本来、魔獣・跳び縞の餌ではない。

 何者かが魔獣を使役していることが考えられる。


 魔物を一時的に支配し、使役する術は複数ある。そのひとつに、使い魔の視聴覚情報を得られる術がある。

 術者は既に騎士団の出動を把握している、と見た方がいい。


 「使役されているのが跳び縞だけなら、大した脅威ではない。二手に分かれる。一組は、昨日に引き続き、畑の監視。もう一組は足跡の追跡」


 一昨日の降雨で、地面はぬかるんでいた。

 跳躍の方向を見誤らなければ、あの巨大な足跡を見失うことはないだろう。


 「追跡組は、トルストローグ、ワレンティナ、ナイヴィス。畑の監視はムグラーと自分」


 「追跡なら、任せて下さい」

 トルストローグが胸を張った。その厚い胸板で、【歩む(トキ)】学派の徽章(きしょう)が輝いている。

 彼が修めたのは、考古学などに用いる調査の術が多い魔術系統だ。


 監視役を割り振られたムグラーは、【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派。

 こちらは攻撃も可能だが、索敵や探知、防禦系の術を中心とする系統だ。

 隊長と二人でも、魔法を使えば、広大な畑の監視が可能になる。


 挿絵(By みてみん)


 緑の手袋小隊の五人は、村人と共に畑へ出た。

 村人たちは騎士と別れ、森とは反対方向の畑へ向かう。


 七月の空は晴れ渡り、青々と茂ったカボチャの葉で、朝露が真珠のように輝いていた。

 農道脇の木から、蝉の声が降り注ぐ。

 カボチャ畑の北には、森陰が朝靄に霞んで見える。その遥か彼方で、ムルティフローラの国土を囲む山脈が、影絵のように連なっていた。


 爽やかな夏の朝だが、ナイヴィスの足取りは重い。

 「おい、ナイヴィス、遅れとるぞ。一人だけ離れるんじゃない」

 ソール隊長の声に、慌てて追いかける。


 昨日、ナイヴィスが転倒した地点に着いた。

 よく肥えた畑の土が、上半身の形にくっきりと窪んでいる。


 ムグラーが濃い茶色の前髪をかき上げ、昨日、魔獣が跳び去った方角を見た。


 精悍な顔立ちで、均整のとれた体に魔法の鎧を軽々と(まと)い、剣を()く。

 一般の人々が思い描く「正騎士」の姿そのものだ。


 ナイヴィスは五月に叙勲を受けた後、引き継ぎの合間に訓練を続けてきた。まだ手足も華奢で、ひょろりとしている。

 以前に比べれば、筋肉も体力もついたが、元々、武官として訓練を積んできたムグラーや隊長には、遠く及ばなかった。


 「じゃ、行ってきます」

 「うむ。気を付けてな」

 トルストローグが、ムグラーの見詰める方向に歩き始める。


 ナイヴィスとワレンティナも、監視組の二人に声を掛け、トルストローグのずんぐりした後ろ姿を追った。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
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野茨の血族」 その後の護衛任務の話。
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