59.前回の保守
「うむ。村の衆のご心労、察するに余りある」
「よく、堪えて下さいましたね」
ソール隊長とムグラーが、烈霜騎士団として労いを口にした。
おかみさんは礼を述べ、話を続けた。
「五年程前、前回の結界の保守には、黒山羊の王子殿下がいらっしゃったんですよ」
「三つ首山羊の王女殿下の、曾孫に当たるお方だな。生まれつきお身体は弱いが、魔力は三つ首山羊の王女殿下より強いと聞いたことがある」
「あら、そうなんですか」
黒山羊の王子殿下は発育不全で、お血筋を残すことはご無理だろう……と、村の誰もがお察ししましたね。
身長は大人の男として充分だったけど、長衣の袖からちらっと見えた腕は、枯木みたいに細かったんですよ。
何より、声変わりしていない小さな女の子みたいな声で、確信しました。
見た目通り、人並の体力もお持ちでなかったもんだから、階段もご自身のおみ足では上れなくて、お付きの人に抱えられてましたね。
王子様ご一行が、結界の出発点にお戻りになって、【道守り】の術が完成した瞬間、みんな感動して自然と、わーって声が出ましたね。
王子様は近衛騎士の方に支えられて、すっかり疲れてらしたのに、私らの声に応えて下さったんですよ。
そんなお身体を押して……そりゃ、日にちは余分に掛かりましたけどね、でも、ちゃんと【道守り】を完成させて、私らをお守り下さったんですよ。
おかみさんは、当時を思い出したのか、涙ぐみながら語った。
「黒のお徽は三界の眼の証。何も結界の保守にお出ましにならずとも、城で坐したまま騎士に【刮目】を掛けて下さるだけでも十分な筈……」
「王子殿下のお人柄なんでしょうか? ご自身の手で、直接、民を守りたい……と?」
ソール隊長が驚いて言い、ムグラーがそれを受け、呟いた。
「立派なお方だなぁ」
トルストローグが感嘆し、ワレンティナがおかみさんを羨ましがった。
「いいなぁー。おばさん、王子様に直接、お目にかかれたんでしょ?」
「えぇ、勿論、遠くからで、お話はしなかったけどね。男前だったよ。……騎士様たちは、お城で毎日でもお会いできるんじゃないのかい?」
意外そうに聞く。
隊長が苦笑した。
「我々は近衛騎士ではなく、烈霜騎士団で、詰所が王都の街中にあるんですよ」
「あぁ、それで……」
「お兄ちゃん、役人の時、どうだった? 毎日、お城で働いてたんでしょ?」
話を振られ、ナイヴィスは困惑した。
「えっ? 私はお城の中でも役所の区画担当だったから、そんな、王族の方々なんて雲の上で……」
〈そうよねー。木端役人だったもんねー〉
……余計なお世話です。
〈あら、言うようになったじゃない? 生意気ー〉
……ぐぬぬ……
「ねっ? 騎士様方も黒山羊の王子殿下は、ご立派で有難いお方だと思うでしょう? でもねぇ、あいつだけは、殿下を貶しまくったんですよ」
「えぇッ?」
騎士の驚愕がひとつになった。
「ノロマだの、骨と皮で気持ち悪いだの、言いたい放題。挙句の果てには、もう、私の口からはとても言えないような下品な罵詈雑言……」
一同、王子が何を罵られたのか察しがつき、言い知れぬ怒りが込み上げた。




