47.真名の強制
〈サフィール・ジュバル・カランテ・ディスコロール! 身体を貸しなさい!〉
有無を言わさず強制され、ナイヴィスの身体が林へ走る。
「お兄ちゃんッ!」
「ナイヴィス! 止まれッ!」
従妹と隊長の声に、女騎士の声が応じる。
「私が本体を引きずり降ろす。援護なさい」
樹冠から残りの指が襲いかかる。軽やかな身のこなしで、巨大な指を避けた。進路を妨げる指を無造作に斬り捨てる。
普段のナイヴィスからは想像もつかない動きだ。
「優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。漂う力、流す者……」
ナイヴィスの口から、凛とした女性の声が発せられ、力ある言葉を紡ぎ出す。
断面から滴る血が泉を穢す。切断された指先は音もなく塵となり、消滅した。
ナイヴィスの身体を乗っ取った女騎士は、次々に繰り出される指の攻撃を躱しながら、早口に呪文を唱えた。
「……分かつ者、清めの力、炎の敵よ。起ち上がり、我が意に依りて、押し流せ」
泉の水が、女騎士の力ある言葉に応え、起ち上がる。
激しく渦巻き、小石や折れた枝を巻き込み、竜巻のように樹冠に刺さった。
女騎士がナイヴィスの目で、林の中央の梢を見上げる。
頭上に広がる枝に、肉色の膜が張っていた。
人間の足と胴が膜状に伸び、根のようなもので枝や幹にしがみついている。
胸から上だけが、いかにも人の良さそうな、小太りの中年男性だ。
手指が肥大化し、別の生物のように捻じれながら、林間を自在に動き回り、魔剣使いを追う。
ナイヴィスを使う女騎士は、それを巧みに躱す。
水の柱が魔物の上半身を捉えた。【霊性の鳩】学派の【操水】だ。普通の生物が相手なら、肺に流し込めば溺水させられるが、三界の魔物はそんなことでは殺傷できない。
三界の魔物は、人間だった頃の名残なのか、溺水を免れようと、首を仰け反らせた。
細く伸びた水流が、幹にへばりつく膜を樹皮ごと引き剥がす。一部が剥がれると、連鎖して水に巻かれて流れた。
ナイヴィスの身体が、魔剣で林の外を示す。
三界の魔物を呑んだ水が、水平に流れた。
「さぁ、トドメはあなたが刺しなさい!」
ナイヴィスの口が女騎士の声で告げ、一文字に引き結ばれる。




