41.成人の儀式
七月の空は青く、白い雲が南の山脈の彼方を流れて行く。
麦刈を終えた畑で、鳩や雀、ナイヴィスが初めて目にする色とりどり野鳥が、落ち穂をついばむ。
なだらかな丘陵地に、柵で区切られた畑と牧草地が、交互に並んでいる。収穫を待つ野菜畑の東には、森が静かに佇んでいた。
丘の西では大河ベルーハの支流が、豊かな水量を湛えて滔々と流れ、地を潤している。
ナイヴィスは、【白銀の網】の中で雑妖が消えるのを見届け、北に目を遣った。
農村が、影絵のように小さく見える。
その遥か北に、国土を囲む山脈の主峰ヒルトゥラ山が聳えていた。
〈あら、あなた、成人の儀に行ってないのね〉
女騎士ポリリーザ・リンデニーの声が驚いている。
ムルティフローラ王国では、多くの若者が主峰ヒルトゥラ山の祭壇で、成人の儀を行う。
年齢や時期は決まっていない。
自分が一人前になったと思った時、山へ登る。
祭壇では、騎士ヒルトゥラの魂が待っている。
遠い昔、結界の最外周となる山脈を隆起させる為、人柱となった英雄だ。
主峰の心となった騎士ヒルトゥラは、若者の心に溜まった穢れを祓い、大人としての心構えを説き、新たな一歩を踏み出す勇気を与える。
全く何の隠し事もできないので、ナイヴィスは正直に答えた。
……山は、魔物がいっぱい居るんですよね? 遠いですし、その、道中も……野宿なんて、イヤですから。
〈まぁ、別に絶対、行かなきゃいけないものではないし、実際、山で亡くなる子も居るけど……〉
……そうでしょう。
女騎士ポリリーザ・リンデニーの言う通り、成人の儀は義務ではない。
自分の家系に伝わる成人の儀式だけで済ます者も居る。主峰での儀式は、一種の度胸試しのようなものなのだ。
〈でも、大抵の男の子は行ってるから、驚いたわ〉
……騎士団の人たちと一緒にしないで下さいよ。戦う力もないのに、魔物がうようよ居る山なんて、登りたくありませんよ。
ナイヴィスは騎士になるまで、王都の外へ出たことすらなかった。
つい先月、六月に行われた野営訓練で、初めて、城壁の外へ出た。
王都から石畳の街道が、結界の最外周である山脈まで続いている。
街道の両脇には、見渡す限り畑が広がり、緩やかな丘陵地に点在する町や村が、遠くに霞んで見えた。
初めて目にした森は、どのくらい離れているのか見当もつかない遠くで、黒々と蹲っている。
黄金色に実った麦が、初夏の風に揺れる。
柵の下に白詰草が生え、緑の帯が麦畑を縁取っていた。その白い花の上を、蜜蜂が忙しなく飛び交っている。
ナイヴィスが柵から身を離すと、隊長が笑った。
「蜜蜂が怖いか?」
「……はい。刺されたら痛そうなので」
「この鎧なら、蜜蜂程度の針なら完全に防げる。無闇に恐れるな」
あの日の気マズさと気恥ずかしさを思い出し、ナイヴィスはヒルトゥラ山から目を逸らした。




