37.道守りの歌
「星巡り道を示す 行く手照らす 光見よ
迷う者 皆 見上げよ
撓らう風の慫慂受け
翰鳥の眼 鵬程見晴らす
大逵の際涯目指す旅を祝う」
凛とした声が、朝靄の中を流れ、力ある言葉を紡ぎ出す。
言葉に魔力を乗せ、魔を退ける壁を謳い、創り出す。
細い手が掲げる杖は、白山羊の頭部を模した飾りが三つ。
ムルティフローラ現国王の第七王女の徽は三つ首山羊だ。
「この道に魔の影なし 行く手清める 光受け
弱き者 皆 守れよ
境に魔は消え 草枕
迫る獣を躱して道行く
大逵の際涯目指す旅を祝う
日輪追い 影を計り 四方の示す 方を見よ
弱き者 皆 抱けよ
陸行く足に祈誓う旅
樹雨避けて道に順う
大逵の際涯目指す旅を祝う」
四つ辻の中央で一度、呪文を唱え、結界の起点を指定する。【歌う鷦鷯】学派の呪文は、全て歌だ。
言葉と魔力と旋律が、魔を退ける不可視の壁を築き上げる。
「言に乗せ 道を清め 行く手守る 光仰げよ」
王女は杖の石突きを地に突き立てた。
石突きは山羊の蹄型で、四つ辻に足跡が刻まれる。
近衛騎士が周囲を固め、王女は呪文を唱えながら、歩き始めた。
【道守り】は、呪文を詠じながら歩いた道から魔物を排除し、侵入を阻止する結界の術だ。【道守り】を敷いた道で囲まれた区画も、同時に守られる。
三つ首山羊の王女は、農村を中心として、その周囲に広がる広大な農地と牧草地を囲む為、出発した。
村長ら、主だった村人と緑の手袋小隊は、王女一行の姿が見えなくなるまで見送った。
「さぁ、我々は、内に潜む魔物を祓うぞ」
ソール隊長の声で、ナイヴィスは我に返った。
〈歌にうっとりしてる場合じゃないでしょ〉
魔剣ポリリーザ・リンデニーが、隊長の命令に説明を加える。
物質的な身体を持たない魔物は、霊視力のない者には視えない。
日のある内は薮や叢に潜み、穢れと魔力を喰らって際限なく育つ。
魔物が物質界の生き物を喰らえば、実体を得て、存在がこの世に定着する。
完全に実体化し、肉体が完成した魔物を魔獣と呼ぶ。
肉体を備え、この世に定着した魔獣には、日中に活動する種もある。
魔力を持つ生き物を喰らえば、その肉体はより大きく強くなり、際限なく育つ。また、この世での肉体で、普通の生物同様、繁殖もする。
この世で生まれた魔獣の子孫は、最初から肉体を備えているが、魔物から成った魔獣よりも弱い。経験も喰らった魔力も不足しているからだ。
魔物も魔獣も、体が大きなモノは、強い。
騎士団だけでなく、町や村の自警団、更にはトルストローグが以前していたような、民間の専門職などが、それなりの頻度で魔物や魔獣を退治している。
〈だからね、そんな心配しなくても、私より強い魔物や魔獣なんて、そうそう居るもんじゃないから〉
自信満々に言われたが、その魔剣を振るうのは、文官上がりのナイヴィスなのだ。
カボチャ畑では、魔獣と接敵する前にすっ転んでしまった。
己というものをよく理解しているナイヴィスには、何ひとつ安心できる気がしない。ナイヴィスは小さく溜息を吐いた。
〈そんな心配しなくても大丈夫よ。王女殿下に【道守り】の後、【空の守り謳】も掛けていただけたら、楽勝になるんだから〉
……じゃあ、それまで出発を遅らせてもよかったんじゃないんですか?
〈王女殿下だけ働かせて、自分は楽するつもり?〉
……あ、いえ、そんなつもりじゃ……
〈いいから、さっさと行きなさい。どんな魔物や魔獣が居るかなんて、見てみないとわかんないんだから〉
気が付けば、少し遅れている。ナイヴィスは、慌てて緑の手袋小隊の後を追った。




