33.魔剣の重み
街道脇の草地での休息中、ナイヴィスはトルストローグに声を掛けた。
「あ、あの、トルストローグ、リーザ様が、ちょっと持ってみてって……」
「リーザ様が? 俺に?」
「は、はい」
「何のご用だろ? ……失礼します」
ナイヴィスは剣帯を外し、魔剣を地面に横たえた。
緑の手袋小隊で一番の力持ちは、何の躊躇もなく、魔剣の柄と鞘に手を掛けた。
地面に貼りついたかのようにびくともしない。
柄と地面の隙間に指を入れ、辛うじて握ることはできたが、その動作でも魔剣は微動だにしない。
トルストローグは腰を落とし、気合いの声と共に足に力を入れた。顔がみるみる紅潮する。
しばらく頑張っていたが、ついに諦め、大きく息を吐いて手を離した。
「びくともせん……ナイヴィス、あんた、こんな重い物振り回してたんですかい?」
額に汗を浮かべ、荒い息を吐いている。演技には見えない。
ナイヴィスは恐る恐る、柄に手を触れた。軽く持ち上がる。
「重いって、なんで……だって、これ、刃がないんですよ?」
鞘を払う。
柄だけだ。
トルストローグは片目をつぶり、鞘の中を覗いた。
「ホントに何もないんだな……って言うか、リーザ様は俺に何のご用だったんだ?」
「ホントは重いから、嘘だと思うんなら、誰かに持ってもらいなさいって……」
「嘘だと思ったんですかい」
「う、うん。だって、こんな軽いのに……」
すぐ後ろで、男女の笑い声がした。
二人が振り向くと、ソール隊長とトリアラームルス副隊長、三つ首山羊の杖を持つ王女がすぐ近くに立っている。王女は、跪こうとする二人を止めた。
間近で見る王女は、夏の日に蜂蜜色の髪がきらめき、瞳は深い湖のように静かだった。
ナイヴィスの思考が、緊張でガチガチに固まる。
魔剣となった女騎士が鼻で笑う。
三つ首山羊の王女が、ナイヴィスの手にある魔剣に声を掛けた。
「久し振りですね。……また、あなたとご一緒できて、嬉しいわ」
〈お言葉、勿体のうございます、王女殿下〉
「……………………」
「……………………」
〈何してんの、さっさとお伝えしなさいよ〉
ナイヴィスが、しどろもどろに魔剣の言葉を復唱する。
王女は柔らかな微笑を浮かべ、ナイヴィスの顔に視線を向けた。
「伝えてくれてありがとう。魔剣使い、あなたは魔剣の重さの理由がわかりますか?」
「い、いいえ……」
「退魔の魂の重さは、物質的な重量ではありません。退魔の魂となった人の人生の全て。三界の魔物を倒す意志の重みなのです」
「あの、では、何故、私には軽く感じるんでしょう?」
「私の口から説明するのは容易いけれど、それはよしましょう。あなたが、自ら感じることが大切なのです」
〈魔剣使いとしての自覚が足りないって言われてんのよ。反省なさい〉
「は、はい」
ナイヴィスは背筋を伸ばし、敬礼した。
王女も鎧を纏っていた。
深い草色の長衣に土色と草色の糸で、ぎっしりと防禦系の呪文が刺繍されている。
ナイヴィスが教わった術も、全く知らない術もあった。
鎧の胸元と、同色のマントには、青で野茨、白で三つ首山羊があしらわれていた。野茨は王家の紋章、三つ首山羊は王女個人の徽だ。
騎士の鎧以上の重厚な防護だ。
身に纏えば、それだけでこれら全ての術が常時発動する。想像するだけで、気が遠くなりそうな魔力だ。
三つ首山羊の王女殿下は、騎士以上に強力な鎧を軽々と纏っていた。
……護衛……必要ですかね?
〈必要よ。姫君の御身を守るだけなら、鎧だけでも問題ないけれど、魔物と戦う事態になれば、その強過ぎる魔力で辺り一帯、消し飛びかねないのよ?〉
……えっ?
村と農地をひとまとめに守る力は、同時に、その領域を壊滅させ得る力でもあるのだ。
ナイヴィスは今更そのことに気付き、顔から血の気が引いた。
魔剣の思考が、怒りと笑いに揺れ、ナイヴィスは沈黙する他なかった。




