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飛翔する燕  作者: 髙津 央
第二章 退魔の任務

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31.騎士の意志

 ふわりとした白い毛に覆われたモノが、足に(すが)りつき、命乞いする。伏せた長い耳が震え、ナイヴィスを見上げる(つぶ)らな瞳に、涙が(にじ)む。


 ……あっ、可哀想……

 魔剣を振り降ろそうとした手が、思わず止まる。


 〈サフィール・ジュバル・カランテ・ディスコロール、私を振り降ろしなさい〉

 ……えッ? ちょっと待って……!


 魔剣の命令に逆らえず、ナイヴィスの手が動いた。

 光の刃に触れた瞬間、兎に似た雑妖が跡形もなく消える。


 それは、夕闇に紛れ、薮から迷い出た雑妖だった。

 上半身は、兎に似ていたが、下半身はバッタに似て、腹には泡のような形の定かでない何かが蠢いていた。


 そんなモノでも、目が合った途端に斬れなくなってしまう。身が(すく)み、手が止まる。

 ついに痺れを切らした魔剣に真名(まな)を呼ばれ、攻撃を強制されたのだ。

 ナイヴィスの力ではどう足掻(あが)いても、四百年の時を生きた正騎士の「命令の力」には、(あらが)えなかった。


 そもそも、ナイヴィスには戦意がない。

 自分に「この世の掃除だ」と言い聞かせ、なけなしの勇気を振り絞っても、(けが)れのついでに雑妖を消去することで精いっぱい。


 意志を持たない穢れなら、幾らでも魔剣で(はら)い、(はら)えるが、意志を持つ何者かの存在を消し去ることには抵抗があった。


 トリアラームルスに見守られ、初めて自分の手で倒したあの雑妖は、発生直後で、まだ明確な意思を持たない存在だった。

 あれですら、トリアラームルスが居なければ、ポリリーザ・リンデニーの強制なしでは倒せなかっただろう。


 誰かの過剰で理不尽な怒り、何者かの(ねた)(そね)み、行き場のない恨みなどが、夜闇の中で穢れを生む。


 朝を迎えれば、消えてなくなるものが(ほとん)どだが、日の当たらない場所で消え残ることもある。それが、雑妖の温床になるのだ。

 また、雑妖は自然の気の(よど)みなどからも生じる為、人の居ない場所でも油断はできなかった。


 〈いい加減、慣れてくれないと困るわぁ〉

 ……そんなこと、言われても……大体、困るんなら何故、私なんかを選んだんですか。

 〈しつこい。何度も言わせないで〉

 心底、(わずら)わしげに拒絶され、ナイヴィスの心が萎縮する。


 道中、強い魔物には遭遇しなかった。

 ナイヴィスは、ソール隊長と赤い盾小隊のトリアラームルス副隊長の命令に従い、何度か魔剣を振るって雑妖を祓った。


 これまで、なるべく視ないように過ごしてきたモノを、直視しなければならない。


 ナイヴィスは「顔」を判別できるモノが、人間のように恐怖の色を浮かべることを知った。ある程度の穢れを喰らい、知恵と力をつけた雑妖は、剣から逃れようと足掻(あが)いた。


 おぞましいモノと正面から向き合うだけで、ナイヴィスの心がすり減る。


 王都に帰りたかった。

 住み慣れた家で寝起きし、朝は城に出仕(しゅっし)し日暮れに帰宅。家では本を読んで、のんびり過ごす。

 恐ろしいのは嵐や(ひょう)などの激しい気象だけだった。

 単調な毎日が恋しく懐かしい。


 ワレンティナは、どちらかと言えば、烈霜騎士団のお世話になる側の子だった。幼い頃から喧嘩っ早く、年上の男の子と取っ組み合いもしていた。


 従妹(いとこ)が自ら進んで勉強して修めた術は、少ない魔力で効率よく魔物を倒す【飛翔する(タカ)】学派だ。

 幼い頃は両親が心配し、術で対魔物用の武器や防具を作り、町の自警団に提供するだけに留めていた。

 十二歳からの二年間は、本人も自分で作った魔法の武具を(たずさ)え、魔物退治の現場へ出ていた。大人に交じって生き残り、それなりの戦果を収めている。


 烈霜騎士団は、人間による犯罪の捜査や、罪人の捕縛などを主な任務とする騎士団だ。魔物と直接対峙する機会は、他の騎士団よりも少ない。


 ワレンティナの修めた学派、性格や実績は、誰が見ても適性に合わない。

  誰も何も言わないが、ワレンティナがここへ配属された理由は明白だ。

 ナイヴィスの身内だから……だ。


 気弱で人見知りの激しいナイヴィスが、心細くないように……と言う配慮の他に、どんな理由も思いつかない。


 ナイヴィスは、対魔物に()いて、有望な戦力になり得る若い騎士の将来を潰してまで、騎士団に居ることが心苦しかった。

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用語は、大体ここで説明しています。

野茨の環シリーズ 設定資料(図やイラスト、地図も掲載)
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野茨の血族」 その後の護衛任務の話。
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