30.何が必要か
ナイヴィスの懊悩に聞こえないフリをして、ポリリーザ・リンデニーは楽しげに言った。
〈やっぱり、明るいとこはいいわー〉
魔剣は魔剣使いと心を繋ぎ、視聴覚を共有する。繋がった心は、苦痛も歓喜も流入させる。
同じ物を見ているにも関わらず、それぞれ感じ方が違うことが、ナイヴィスには不思議だった。
〈不思議でもなんでもないわ。私とあなたは別人だもの〉
ナイヴィスは手綱から左手を放し、柄に触れた。
柄頭の【魔道士の涙】は、人肌のぬくもりを保ち、柄を握れば、誰かと手を繋いだかのように錯覚する。
〈私は民を守る為に騎士になったの。あなたは守りたい人とか居ないの? 例えば……あの従妹ちゃんとか〉
……ティナは、私より強いんで、どちらかと言えば、そのー……
〈あなたが守られる側だった訳ね。今までは〉
ナイヴィスは今まで、十三歳も年下の女の子に守られてきた。
その数々の情けない思い出を読み取り、魔剣の思考が呆れる。
ナイヴィスは右下に目を逸らした。隣を歩む馬の足が見える。
少し視線を上げると、背筋を伸ばし、颯爽と騎乗するワレンティナの姿が目に入った。
〈あのね、戦場では強さに関係なく、その時、その場で各自ができることをするの。勿論、持ち場や作戦、役割分担はあるけど、お互いに助け合って守り合わなきゃいけないの〉
……私に、できるんでしょうか?
〈できるんでしょうか、じゃなくて、やるの〉
疑問を挟むことすら許さない勢いだ。
ナイヴィスは手綱を握り直し、前を向いた。
夕暮れ時、今夜の宿を取る村の土塀脇をムグラーと二人で巡邏する。
「赤い盾小隊の人が言ってたんですけど、ナイヴィスさん、スゴイですね」
「……なんの話ですか?」
困惑するナイヴィスに、ムグラーは我がことのように誇らしげに答える。
「戦い方、全く知らない筈なのに、魔剣の力を完全に引き出せてるって、スゴイ才能ですよ!」
「とてもそうは……リーザ様が、合わせてくれてるだけの気がするんですけど……」
ナイヴィスの落とした肩に、ムグラーが手を置く。
「そんなことないと思うし、もしそうだったとしても、魔剣にそこまでしてもらえるなんて、それだけ気に入られてるってことですよ」
「ムグラーが気に入られれば、よかったんですけどね。私なんかより、ずっと強いから」
〈そう言う問題じゃないの。何度も言わせないで〉
「魔剣使いに求められるのは、剣の技量や魔力の強さじゃないって、トリアラームルス副隊長が仰ってましたよ」
「何が必要なんです?」
それがわかれば、代わってもらえるかも知れない。
ナイヴィスの淡い期待は、あっさり裏切られた。
「君にもその内、わかるよって、笑って誤魔化されました」
「わかったら、ムグラーもそれを身に着けて、魔剣使いになりたいと思いますか?」
ムグラーは一瞬、驚きに動きを止め、笑って手を振った。
「いえ、なんか、トリアラームルス副隊長のあの言い方、身に着けるとか、そう言うんじゃない感じがしましたし、自分はいいっス」
国土を囲む山脈の彼方へ落ちる夕日を眺め、独り言のように言う。
「……自分の力だけで、どこまでやれるか、見てみたいんで」
鴉の群が、鳴き交わしながら塒へ向かう。
夕映えの空へ、吸い込まれるように小さくなる。
影絵のような姿を見送り、二人は見回りを再開した。




