29.居心地悪さ
〈初めてにしては、上出来ね。箒呼ばわりの件は許してあげる〉
魔剣に褒められても、ナイヴィスの顔は浮かなかった。
馬の背に揺られ、再び街道を行く。昼の休息を終え、次の村へ向かっていた。
夏の強い日射しの下に雑妖はいない。
すれ違う旅人の顔にも警戒の色はない。
王家の紋章入りの馬車に道を譲り、深く頭を垂れる。
ナイヴィスも、文官だった頃は彼ら同様、道を譲る側だった。
彼らは三つ首山羊の王女を敬い、その護衛に頭を下げているに過ぎないが、ナイヴィスは居心地が悪かった。
〈そんなこと、いちいち気にしたって仕方ないでしょ〉
……はぁ、まぁ、そうなんですけど……
〈いいから、しゃんとしなさい。民に示しがつかないでしょ。あなた、今、騎士なのよ〉
それはわかっているが、自ら望んでなったのではない。
適性があるとも思えない。現に今も、雑妖を剣で消したことで、言いようのない罪悪感に苛まれている。
〈そんなこと、いちいち気に病んでも仕方ないでしょ〉
それもわかっている。自らに言い聞かせたように、これは、この世の掃除なのだ。不幸を振りまく存在を放置し、大きな禍に育てる訳には行かない。
だが、何故、それがナイヴィスなのか。
自分の身ひとつ守れない臆病な男に、何ができると言うのか。
あの日の困惑を思い出す。
上官は、ナイヴィスに有無を言わせず、城青警備隊の詰所へ連れてきた。
碌に説明もせず、置き去りにされたのは、ムルティフローラ城東部の警備を担う部署だった。単に、退魔の庫から一番近い騎士団の詰所だから、ここへ預けられたのだろう。
城青警備隊長は、満面の笑みでナイヴィスに祝いの言葉を述べた。
祝われたナイヴィスは、何のことやらさっぱりわからず、困惑した。
取敢えず、魔剣を回収する為に腕を切り落とされる心配はなくなったが、「魔剣使い」の何が「めでたい」のか、わからない。
「魔剣使い……ですか?」
「そうだ。異動の手続きが済み次第、正騎士として騎士団に配属される。それまでは、訓練所で待機」
この説明ができることを名誉あることだと思っているのか、城青警備隊長は嬉しそうだった。ナイヴィスは、予想外の説明で更に困惑した。
「……正騎士? あのー……私は【飛翔する燕】で、戦いは全然……」
ナイヴィスは左手で、自分の徽章を城青警備隊の隊長に示した。
首から提げた銀の首飾りは、空を飛ぶ燕の意匠。
天候予測や局所的な気象制御の魔術系統を修めた者の証だ。
【飛翔する燕】学派の術は、術者の生まれ日の気象や星の配列によって、使える術に制限がある。
ナイヴィスは雨の日に生まれたので、【やさしき降雨】の術を使えるが、その日は満月ではなかったので、【閃光】の術は使えない。
この学派の術は、いずれも、暮らしを楽にする術ばかりで、魔物と戦えるような術はない。
例えば、火の魔物と戦う際に雨を呼べば、少しは弱らせることができるかもしれないが、【やさしき降雨】は小雨を降らせる術だ。文字通りの意味で「焼け石に水」にしかならないだろう。戦いの役に立つとは思えない。
心を落ち着け、静かに自然と向き合う訓練は受けているが、魔物と対峙し闘志を奮い立たせる修行とは縁遠い。




