28.恐れを断つ
「うん、いいよ。そんな感じだ。そこ、狭いから壁を傷付けないように気を付けて、縦にまっすぐ振ってみようか」
やさしい声で言われ、震える足を前へ踏み出す。
〈あれは生き物じゃないし、そこに存在するだけで人に害を成すモノよ〉
……知ってます。
〈攻撃することを恐れなくていいから、思い切って〉
魔剣使いと魔剣は、心が繋がっている。
魔剣ポリリーザ・リンデニーには、ナイヴィスが何を恐れているのかも、筒抜けだ。
ナイヴィスは争いごとが苦手だ。
自分が傷つくことよりも、誰かと争い、傷付けることの方が苦しい。
雑妖は、ナイヴィスがすぐ傍に立っても気付いていないのか、相変わらず、蠢いている。
ぐにょぐにょと捉えどころがなく、形も定かでない。
虫や動植物に似た部分もあるが、この世の何にも似ていない部分の方が多い。
何匹いるのか、個体の境さえはっきりしない。
それどころか、これに個々の意思や知性があるのかすら不明だ。ただ、そこにいるだけなのか、それとも、何かをしているのか。
雑妖はどこにでも発生するありふれた存在だが、その目的や行動原理は、謎に包まれていた。
わかっていることは、この世の穢れや陰の気などから生じ、穢れを食って育つこと。
穢れを生じさせる性質の人間と親和性があり、雑妖が雑妖を呼び増殖すること。
個々の力は弱く、ちょっとした不運を呼び寄せるに過ぎないこと。
定まった形を持たず、能力などの個体差が大きいこと。
日の光を浴びただけで消える儚い存在だと言うこと。
……これは掃除、掃除。今持ってるのは箒、箒で隙間掃除……
魔剣ポリリーザ・リンデニーは、ナイヴィスの為すがまま、家屋と納屋の隙間に降り降ろされた。
何の手応えもない。
刃と化した光が触れた瞬間、隙間を埋め尽くしていた雑妖が、消えた。
日の射さない隙間に光が満ち、明るくなったように視えた。場の空気が軽くなって初めて、ここが濃密な穢れに満ちていたことに気付く。
ナイヴィスは、呆然と立ち尽くした。
音も悲鳴も、斬った感触も何もない。
ただ、雑妖の存在だけが、消滅した。
「初めてなのに、よくやった」
トリアラームルスにポンと肩を叩かれ、我に返る。
隙間の中央付近に鼠の死骸があった。夏場のせいか、既に腐敗して蛆虫がわいている。
雑妖が居なくなったからか、肉眼で死骸を見たからか。ナイヴィスは今になって、やっと腐臭に気付いた。
「あれが発生源だったんだな……あ、丁度いい。ちょっと、こっち来て」
トリアラームルス副隊長が、通りすがりの村人を呼び止める。
呼ばれた男は、副隊長が指差す場所を見た。
「ひぇっ! これは気付きませんで……!」
井戸端に走り、水を起ち上げて駆け戻る。
死骸を流し、広い場所に出してから【焚火】で燃やした。鼠が完全に灰となり、風に散る。
「あぁ言うの、そのままにしてると、雑妖がわくからね」
「は、はい。騎士様、申し訳ございません」
恐縮して低頭する男に、トリアラームルスは柔和な笑顔を向けて言った。
「あぁ、別に怒ってるワケじゃないんだ。身を守る為に、ちゃんとしとかないと、危ない目に遭うのはこの村の人だから、気を付けるんだよ」
その後は何事もなく、見回りを終えた。




