02.正騎士の鎧
五人……烈霜騎士団・緑の手袋小隊は、農村の前に立っていた。
村は石垣に囲まれている。
あの魔獣は勿論、人間でも易々と跳び越えられる高さだ。
物理的にはなんとも頼りないが、魔除けなどの術が施されている為、見た目通りに守りが薄い訳ではない。
中央広場の井戸を借り、隊長がナイヴィスを洗う。
「優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。
漂う力、流す者、分かつ者、清めの力、炎の敵よ。
起ち上がり、我が意に依りて、洗い清めよ」
魔力を籠めた力ある言葉に従い、井戸から水が起ち上がる。
水流が大蛇のようにくねり、若者の足下から、螺旋を描いて這い上がる。
こびりついた泥が見る見る内に洗い流される。代わりに水は泥を含み、茶色く濁った。
隊長の野太い声が水に命じ、泥を捨てさせる。
水流は清水に戻り、最後に泥まみれの顔と髪を洗った。
ナイヴィスから、水が離れる。
髪が金色の輝きを取り戻し、夏の風にそよいだ。
厚手のチュニックにびっしり刺繍された呪文も、読みとれるようになった。
ムルティフローラ王国軍の正騎士の鎧だ。
軽く丈夫な布に呪文が刺繍され、頑強、耐熱、耐寒、耐炎、抗魔……様々な防護の効果が付与されている。
身に着けるだけで、それらの庇護を得られる代わりに、常時、魔力を消耗する。魔力が不足すると、強い術から順に効力を失う。
今日は一日中、カボチャ畑を見張っただけだが、ナイヴィスは疲れ切っていた。
魔力もそうだが、体力はもっと限界だ。
剣の本体は、何事もなかったかのように刃が戻っていた。曇りひとつない。鞘の泥汚れを洗い流され、機嫌良く輝いている。
「ほれ、終わったぞ」
「ソール隊長、ありがとうございます。お手数お掛け致しまして、恐れ入ります」
「なぁに、構わん。新人のお守も仕事の内だ」
ナイヴィスは、続いて自分の右手で輝く剣にも、ぺこぺこ頭を下げる。
「あの、リーザ様、それでは、本日の業務は終了と言うことで……」
〈いちいち堅苦しいッ! 片付けたきゃ、さっさと鞘に収めなさいッ〉
「あ、はいッ。じゃ、じゃあ、失礼します」
ナイヴィスは、恐る恐る、剣を鞘に収める。
力を抜くと、右手が柄から解放された。先程までは、どう頑張っても離れなかったのが嘘のようだ。
思わず溜め息が漏れる。
全く受け身が取れず、派手な転び方をしたが、騎士の鎧の力で、かすり傷ひとつない。
本人の意に反して振り回された右手と足だけが、ギシギシと痛む。
明らかに筋肉痛だ。




