19.老人の連行
王都南門から少し離れた烈霜騎士団専用の到着点に出る。
「さ、着きましたよ。少し歩きますが、辛抱して下さい」
「ふむ。こんなことなら、アレを連れて来ればよかったかの」
王都には結界がある為、【跳躍】や【飛翔】などの移動に関する術は使えない。
「魔獣は王都に入れませんよ」
「あぁ、そうだったかの」
老人は、自分が犯罪の被疑者として連行されている自覚がないようだ。
隊長も、初めて帝都を訪れる普通の老人のように接している。
〈あ、そうだ。魔獣制御の術は、数日しか持続しないから、放置してれば勝手に切れるわ〉
……そうですか。じゃあ、何もしなくてもいんですね。
草食で害のない魔獣なら、わざわざ殺処分する必要はない。あの個体も今後は、人里離れた森の奥で静かに暮らすだろう。
巨大な壁に囲まれた王都そのものが、魔除けや穢れを祓う術の魔法陣だ。
ムルティフローラ王国は、急峻な山々に囲まれていた。
王都は盆地の中央に位置する。その中心に聳える城。
城全体が立体構造の複雑な魔法陣で、城壁に囲まれた王都もまた、魔法陣。
国土全体が巨大な魔法陣を形成し、幾重もの魔法陣の最外周が、山脈だった。
この魔法陣は本来、三界の魔物を外へ出さない為のものだが、同時に外部から来る他の魔物の侵入を防いでもいる。
その土地に元々棲んでいた魔獣や魔物は結界に阻まれ、他の結界に仕切られた区域には侵入できない。
内部の魔物を倒せば、そこは安全になる筈だが、日々生まれ、或いは現世と幽界の境界を越えて来る魔物を、全て倒すことは不可能だった。
隊長が老人の右隣、二歩離れてナイヴィスが左後ろについて歩く。
分厚い壁に穿たれた門は、洞窟のように暗い。道幅は馬車三台分。厚さは、民家五軒分はある。
等間隔に術の【灯】が点され、行き交う人々を仄白く照らしていた。
南門を抜け、石畳の道に出る。
ナイヴィスは思わず目を細めた。薄暗さに慣れつつあった眼に外の明るさが眩しい。
老人が、物珍しげに周囲を見回していた。
大通りの両脇に、石造りの家々が建ち並んでいる。どの家にも前庭はない。ムルティフローラでは、中庭を囲み、□型に立てることが多い。
朝市が終わり、この時間帯は人通りが疎らだ。
……おじいさん、王都は初めてなのかな?
〈さぁねぇ? 逃げる隙を窺ってるのかもよ?〉
魔剣がナイヴィスの心を読み、笑う。
ナイヴィスは冗談なのか本気なのか図り兼ね、老人をしっかり監視することにした。
隊長は老人の歩調に合わせ、ゆっくり歩く。
ナイヴィスは剣の柄に手を掛け、いつでも抜ける状態で歩いた。




