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飛翔する燕  作者: 髙津 央
第一章 最初の任務

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15.不審な小屋

 夏の日は長い。

 昼食後、三度目の小休止の後、歩きだしてすぐに小屋を見つけた。


 木々が伐られ、拓けた場所に建つ。

 人家からも、森を通る街道や、(きこり)や狩人が使う小道からも、離れていた。


 丸木の切り口がまだ新鮮だ。

 生乾きの木材から樹木の芳香が漂う。ここで伐った木で最近、建てたらしい。


 魔獣……跳び縞がこちらに背を向け、草を食んでいた。木立の影が、小さな庭に伸びる。よく見ると、魔獣はロープで木に繋がれていた。

 トルストローグが、二人を手振りで下がらせる。

 三人は音を立てないよう、そっと休憩地点に戻った。


 倒木に腰掛け、相談する。

 「割と近かったのねー。やっちゃう?」

 「こらこらっ」

 「おいおい、相手が何人で、何学派かもわからないんだ。闇雲に突っ込んじゃいかんぞ」

 トルストローグに諭され、ワレンティナがしゅんとする。


 この中で最も好戦的なのが、女の子だと言うことに、ナイヴィスは頭が痛くなった。


 〈いいじゃない。元気があって〉

 ……そう言えば、リーザ様も女性でしたね

 〈心が繋がってるのに忘れるなんて、失礼極まりない奴ね〉

 「す、すみません」

 「どうした?」

 「い、いえ、何でもありません。どうぞ、お話を続けて下さい」


 幸か不幸か、魔剣の声はナイヴィスにしか聞こえない。


 「カボチャ泥棒、今すぐ捕まえないの? 逃げちゃうかもよ?」

 「もうすぐ日が暮れる」

 「だったら、急ごうよ。逃げられちゃうよ?」

 「急いては事をし損じると言う。場所はわかった。一旦戻って、隊長の指示を仰ごう」

 ワレンティナは不満げに頬を膨らませ、渋々(うなず)いた。


 トルストローグがポケットから掌大(てのひらだい)の羊皮紙と、携帯用の細いインク壺、ペンを取り出す。

 手早く呪印を描き、倒木に置いた。

 ナイヴィスが見たことのない呪印だ。


 〈あぁ、それ? あんまりよく覚えていない場所でも、これを置いとけば【跳躍】できるの。描いた人限定で〉

 ……えっ? 次、来る時、トルストローグ一人ってことですか?


 〈何バカ言ってんの。彼があなたたちを連れて【跳躍】するの〉

 ……それって、凄く疲れますよね?

 〈もし、戦闘になったら、助けてあげなさい〉


 助けるどころか、足手まといにならないか、いや、生きて帰れるのかさえ不安なのだが、魔剣は全く気にしていない。


 インクが乾くと、トルストローグは呪印の羊皮紙を地面に置き、落ち葉で隠した。

 念の為、と言いながら、ワレンティナが枯れ枝を乗せる。

 「よし、じゃ、もう少し様子を見て、ここに戻ってから村へ【跳躍】な。えーっと、役割分担は、俺が家の様子を見るから、二人は人や魔獣が来ないか、周囲を警戒してくれ」


 「お兄ちゃん、足音を立てないように、こっそり歩いて、姿勢を低くして、見つかんないようにしてね」

 「あ、あぁ、頑張るよ」

 〈命懸ってんのよ。気合い入れなさい〉

 ……はい


 再び小屋へ行く。人の気配はなく、魔獣は大人しく草を食んでいた。

 トルストローグは二人を手前の薮で待機させ、一人で更に近付いた。

 二人は茂の間に入り、息を潜める。

 背中合わせに座り、辺りに目を配る。


 時折、鳥の声がするくらいで、静かなものだ。

 夕空を渡る風が梢を揺らし、小鳥が飛び立つ。枝葉の隙間から、夕日に染まった雲の断片が見えた。


 森の中へ目を戻すと、紫色の蝶が舞っていた。落ち葉の上を足の多い虫が這っている。

 ナイヴィスは、逃げ出したい衝動に駆られた。そろそろ三十路に手が届くので、流石に悲鳴は上げない。

 ワレンティナの年頃なら、こんな虫が視界に入った瞬間、悲鳴を上げそうなものだが、ナイヴィスの従妹は全く動じていない。


 人里離れた森の奥。

 足下には不気味な虫。

 何者が潜んでいるかわからない小屋の監視……の見張り。

 眼と鼻の先に魔獣。

 跳び縞は草食だが、あの強い足で蹴られたり、丸太のような尾で打たれたり、巨体にのしかかられたりすれば、人間などひとたまりもない。


 〈あなたってホント、意気地なしなのねぇ〉

 ……えぇ、はい。ひ弱な都会っ子ですから。

 〈そんなの認めてないで、言い返すくらいしなさいよ〉

 ……だって、事実なんですから、否定しても仕方ないでしょう。


 〈変な所で素直ねぇ。もっとこう「うおー! 見返してやるーッ!」って、ならない?〉

 ……いいえ。

 魔剣となった女騎士は、ナイヴィスの脳裡(のうり)で盛大に溜め息をついた。


 気が付くと日が傾き、辺りは薄暗くなっている。

 遠くで、小さな光の点がふたつ同時に動いた。


 〈サフィール・ジュバル・カランテ・ディスコロール、座りなさい〉

 ギョッとして立ち上がりかけたナイヴィスを、魔剣が強引に座らせた。

 真名を呼んだ命令の強制力で、本人の意に反して、枯れ葉の上に(ひざまず)かされる。


 ワレンティナが振り向き、逃げて行く小さな影を見詰める。

 「野兎よ」

 それだけ囁くと、視線を戻した。


 〈ひょっとして、(ウサギ)見るのも初めて?〉

 ……はい。

 〈おいしいのよ。今度、(さば)き方を教えたげる〉

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用語は、大体ここで説明しています。

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