10.魔剣使いだ
通路に足音が響く。
「あっ……! お前ッ」
「あ、あの、いえ、これは、その……」
頭が真っ白になり、弁解の言葉すら出てこない。
駆け寄った上司は、数歩手前で止まり、溜め息をついた。
「手が、離れんのだな?」
「は、はい。あの、鞘がずれて困ってるから、直して欲しいって言われて……」
「で、直した、と?」
「は、はい、すみません」
「英雄殿は、何と?」
「ありがとうね、気に入ったわって……」
剣と一体となった右手を示し、問われるままに答える。てっきり叱られると思い、身構えていたが、どうも様子が違う。
上司は再び溜め息をつき、ナイヴィスが置いた綴りを手に取った。
「あと二振り……ふむ。問題なさそうだな。来なさい」
残りを自ら点検し、ナイヴィスを促す。
「あ、あの、でも、これ……」
「いいから、来い」
左手首を掴まれ、退魔の庫から連れ出される。
廊下には、作業を終えた同僚が集まっていた。
上司は空調管理室へ戻るように指示し、ナイヴィスには何も言わず、どんどん歩く。
「すみません、室長、すみません……」
ナイヴィスの情けない声に全く答えず、空調管理室長は、騎士団の詰所に入った。
……えっ? ひょっとして、腕を斬り落とされる?
顔から血の気が引く。室長は手を離し、ナイヴィスの背を押した。
「城青警備隊長殿、魔剣使いを一人、お連れしました」
日誌をつける手を止め、警備隊長が立ち上がって質問する。
「剣は?」
「退魔の魂……舞い降りる白鳥の魔剣ポリリーザ・リンデニーです」
詰所で待機していた騎士と兵士が集まって来た。
「これが……」
「あの……」
ナイヴィスの右手に尊敬と羨望の眼差しが注がれる。ナイヴィスは武器の台座扱いだが、本人はホッとしていた。
「空調管理室の人事処理はこちらで行います。騎士団への異動の処理は、城青警備隊にお任せしてよろしいですか」
「うむ。確かにお預かりした」
「それでは、然るべく。……ナイヴィス、引き継ぎが終わるまで、当面は兼務になるぞ」
「えっ? あ、はい?」
室長はそれだけ告げると、詰所から足早に去った。
訳もわからぬまま置き去りにされ、途方に暮れる。
ナイヴィスは幼い頃から目立つことが嫌いで、外で遊ぶよりも、部屋で大人しく本を読む方が好きだった。お蔭で、勉強はよくできたが、身体はひ弱で体力もない。
自分とは全く正反対の武官に囲まれ、居心地が悪い。
隊長の顔を見る。隊長は満面に笑みを浮かべ、ナイヴィスの細い肩を叩いた。
「おめでとう。今日から君は、魔剣使いだ」
回想シーンここまで。




