01.カボチャ畑
「野茨の血族」で、政晶の護衛をした新米騎士四人の話です。
この話では(仮称)三枝さんが普通に喋ります。
「ギャーッ! 無理むりムリッ! やめて止めてーッ!」
〈いいから来なさいッ!〉
長剣を握った右腕だけが前へ出る。右腕に引きずられ、足も前へ。
情けない悲鳴を上げるのはナイヴィス。
左襟にムルティフローラ王国軍・烈霜騎士団の徽章をつけているが、およそ騎士には見えない。
ひょろりと背が高く、華奢な体つきは、武官より文官がしっくりくる。
力を入れて抵抗し、踏み留まろうとするが、転倒しないのが不思議な姿勢で、足は畝の間を駆ける。
白く輝く抜き身の長剣が示す彼方には、カボチャを盗む魔獣の姿があった。
牛三頭分はあろうかと言う巨体は、濃い緑と薄茶色の縦縞。何も考えていなさそうな頭には、曲がりくねった角が生えている。
よく発達した後足と、長い尾。対称的に細い両腕で、未熟なカボチャを一個抱えている。
「お兄ちゃん、それ、草食だから」
従妹の声が飛んできたが、応じる余裕は、ない。
ナイヴィスの意思に反し、身体が魔獣に近付く。
見渡す限り続く広大なカボチャ畑。身を隠せる場所はない。互いに身を晒している。
魔獣は耳を伏せ、顔だけをこちらに向けて様子を窺っていた。
肥えた黒土は昨日の雨を含んで湿り、畑に点在する水溜りが、夏の残照を反射する。
カボチャの蔓が足首に絡まり、ナイヴィスは転倒した。
魔獣が毛を逆立て、カボチャを抱えたまま跳躍する。畑の北方、森の方角へ逃げた。
一跳びで民家一軒、軽々と飛び越す程の跳躍力だ。
人間の足で走って追い付けるものではない。
ナイヴィスは剣を地面に突き立て、杖代わりにして立ち上がろうとした。
が。
〈ちょっと、やめてよッ! 汚れるじゃないッ! もーッ!〉
白く輝く刃が霧消した。
体重を預けていたナイヴィスが、再び地に伏す。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「単独で突出するな。危ないぞ」
従妹のワレンティナとソール隊長が駆け寄り、ナイヴィスを助け起こした。
前面がドロドロ。人相も服装もわからない。
二人に礼を言い、柄だけになった剣に向かって呟く。
「……汚れるじゃないって、私はいいんですか」
〈男の勲章……? 細かいことはいいじゃない〉
トルストローグとムグラーも追い付き、魔獣が跳び去った方角を見る。
ナイヴィスは、顔を上げて隊長に懇願した。
「あの、隊長……隊長からも、リーザ様に何とかおっしゃって下さい。お願いします」
「私が? 大先輩に? 冗談はよせ」
壮年の隊長は、ナイヴィスの願いをあっさり退け、指示を出す。
「今日はもう来ないだろう。一旦、村へ引き揚げる」
「はーい」
最年少のワレンティナが、元気いっぱいに返事をした。
五人の詠唱が、夕暮れのカボチャ畑に響く。
「鵬程を越え、此地から彼地へ駆ける。
大逵を手繰り、折り重ね、一足に跳ぶ。この身を其処に」
【跳躍】の術が発動し、五人の姿が消えた。