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卒業制作を抱きしめて  作者: テオ
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解答編02「完結推理」

少々、今の時代にあわない

フルブラウザ機能についての話が出ます

未留が部屋に戻ると既に全員が戻っていた。


「ねえ、珈琲さん。やっぱり警察を呼びましょうよ。こんなのやっぱりよくないわ」


すると待っていたように

憔悴した表情の尾羽が提案してきた。

しかし未留は首を振り


「大丈夫、もうすぐに終わるから。警察もすぐに呼ぶ」


淀みなくはっきりと告げた。

その言葉に部屋の空気が再び緊迫する。

当然だ、ひょっとしたら隣に座っている者が

殺人者だと判明するかもしれないのだから。


「会長。犯人がわかったのならば、もう警察を呼んでもよいのでは?」


「警察が私たち学生の考えた推理なんて真面目に聞くはずがない。逆に疑われるだけ」


「しかし……」


なおも口を開こうとする久浪だったが、

湖畔のように静かな瞳の前に言葉を止めた。


「大丈夫だから」


望華が隣にピッタリと寄り添う。

横目で確認してから、未留は話し始めた。


「まず、これを見てほしい」


浮気の携帯を開き、久浪に見せる。

その意図を汲んだ彼はホワイトボードに

差出人のアドレス、内容を書き写す。

視線で全員に問いかけると、

そのアドレスのことなんて知らないという表情を浮かべていた。

内容を改めて見た江戸が確認するように問う。


「このメールから考えて……犯行時刻は13時15分以降ってことだよな」


「そうとは限らない。司法解剖をしたわけではないから、正確な死亡時刻は分からない。そう、だからその時間に犯行が行われただなんて断言できない」


ホワイトボードに書かれたアドレスをなぞる。


「付け加えるとこれはウェブからしか送れないアドレス。どういうことか分かる?」


「……パソコンを使っていた人間以外に送ることが出来ないってか?」


有賀が唸るように告げる。

図書室にも、

当然実習室にもパソコンはないのだ。

唯一、パソコンを使用していたのは

音学科特別実習室にいた有賀のみ。


「けれど、俺はやってない。ログを副会長にも見てもらったしな。アリバイがある」


「確かに確認しました。彼はほぼ分刻みで会話をしており、メールを打って被害者を呼び出して殺すというのは難しいと思います」


有賀と共に音楽科特別実習室に行った久浪が保証する。


「それじゃあ、誰にもメールは送れないんじゃないかしら?」


尾羽が疑問を口にする。

それに答えたのは未留ではなく、寿美麻だった。


「ありますよね、まだネットワーク環境下にある場所が」


彼女は真っ直ぐに未留を指差し


「自治会員のいるこの執務室、そして……あなたのいた会長室ですよ」


挑発的な彼女の態度を、

未留は平然と受け流す。


「それだけじゃない。そう、別にパソコンなんて必要ないのだから」


尾羽に視線を向け


「あなたは古い携帯を使っているから馴染みがないから分からないかもしれない。けれど、最近の携帯電話にはウェブにそのまま接続できる機種だって当たり前のようにある」


その言葉に反射的に

自分の携帯を見ようとした大谷だったが、

携帯を持っていないことを思い出す。

当然、尾羽のモノクロ携帯にはフルブラウザ機能なんてない。


「このメールの意味は浮気を呼び出すものなんかじゃない。犯人が自分にはアリバイがあるということの証明に使いたかっただけ」


「待ってください。そのメールは開封されていたんです。なら、その時まだ先輩が生きていたってことじゃないんですか?」


寿美麻の反論に未留は即答した。


「問題ない。浮気の携帯はカバンに入れられていた。つまり、犯人が自分の携帯からウェブに繋ぎメールを送信し、浮気の携帯で受信して開封する。後はカバンに戻す……それだけでいい」


彼女はなおも食い下がる。


「いえ、まだ可能な選択肢はあります。先輩の携帯で先輩の携帯に送ればいいじゃないですか。それなら誰にでも可能です」


「それは無理。確認してもいいけれど、その携帯は対応していない。フルブラウザ機能が携帯に備わったのは早くても2年前……浮気の携帯は少し古いタイプだから」


二人のやり取りが終わると、誰もが言葉をなくしていた。


「寿美麻千奈、つまり経緯はこうなる」


響き渡るのは、絶対的な自信を感じさせる声。

静かではあるが、強い力をもって他者を飲み込む。

未留の言ったことが事実ならば、

条件に合うのは寿美麻千奈……

彼女が最も疑わしいのだ。

何の感情も浮かべずに見つめる未留と、

唇を噛み忌々しげに睨む寿美麻。

張り詰められた緊張の糸は、

少しの衝撃で千切れるだろう。


みなの視線が集まる中、

淡々と言葉は紡がれていく。


「私が浮気の死体を発見して全員を集めたのは14時過ぎ。そしてあなたが図書室を出たのが14時前。この少しの空白の時間、どこにいた?」


「……」


「浮気の携帯をカバンに戻していた……どう?」


「違います!」


叫ぶ寿美麻だったが、

未留はなおも言葉を続けていく。


「午前中、第二実習室にいた浮気を殺したとする。寿美麻が鍵を借りた段階では校舎内にほとんど他の生徒がいなかったのだから、隣の教室にいたあなたが当然疑われる」


ピンと張られた糸を更に引っ張っていく、

切れることを恐れずに。


「そこで考えたのが死体を別の場所に移動させること。台車で荷物を運ぶ振りをして視聴覚室まで持っていく。そしてあたかもそこで犯行が行われたかのように細工をして、人が増えてきた頃合を見計らって携帯のトリックを行えば、疑いも少しは減る」


「……よくもまあ、そんな言葉がすらすらと出るものですね。珈琲未留という自治会長にとって、実際の殺人事件の演説ですら容易いんですか。あなたが驚くことなんてこの世にないんでしょうね」


吐き捨てるように告げる彼女の瞳は、

視線で人を殺せたらと言わんばかりだった。


「何故、私が犯人だとそこまで断定するんですか? まだ他にも可能性はあるでしょう」


その通りだった。

もしこの事件が複数犯によって行われたのならば、

無数に可能性が残っている。

パソコンでしか送れないメールも

校舎外の協力者に連絡を取れば造作もない。


「コスモス」


けれど、寿美麻千奈が今日、

視聴覚室に行ったことは確実なのだ。


「殺害現場にはコスモスが活けられていた。それは先日、私が花屋で買った物」


懐からボイスレコーダーを取り出して見せ


「アリバイを聞いた時に、あなたは『先日、発表会が終った後に第一実習室の隅に放り込んだまま解散した』と言った。つまり、寿美麻が視聴覚室にコスモスがあったことは知らないはず。なのに、私がコスモスと口にした時、すぐに事件に関わることだと反応した」


「そんなこと、記憶にありません」


「こう言った、『女性が犯人だと言うのですか?』と」


その意味をほとんどの人間が理解できなかった。

実際、未留も望華に言われるまで

寿美麻の言葉の不自然さの意味に気付かなかった。

あの時は誰も気に止めなかったが、

コスモスという言葉を聞き

女性が犯人なのかと聞き返すのは、

あまりにも突拍子もない。


けれど、それこそが彼女が

視聴覚室に行ったという明確な事実。

今日は誰も視聴覚室に行っていないと

最初に確認したのだから、

犯人以外知りえないこと。


「コスモスの花言葉は『乙女の純潔』。現場にあった花がダイイングメッセージなのではないかと私が考えていると、あなたは勘違いしてしまった。だからそんな言葉が出た」


これが望華の言った「嘘」だった。

水面に投げられた石のように、

放たれた言葉は波紋を広げていく。

みなが息を呑み、事の推移を見守っていた。

寿美麻はゆっくりと瞳を閉じ、

考えているようだった。

どうすれば未留の言葉の裏を突破できるかを。

そもそも明確な証拠がほとんどない事件……

落ち着いて考えれば、

多少は強引でも存在しうる可能性を

見つけられると思っているのだろう。


「……」


それは未留も承知していること。

強制力のないこの場で彼女を断罪することは、

今のところ犯人の自白以外においてない。

つまり、シラを切り続けられると

どうしようもないのだ。

どんなに限りなく黒に近い灰色であっても、

それは黒ではないのだから。


「未留……」


江戸が心配そうな声を上げる。

大丈夫と、未留は無言のまま視線で伝える。


「どう、寿美麻。自分の発言を思い出した?」


もう逃げ場はないと突きつける。


「……いえ」


目を開けた寿美麻の瞳には、

まだ力強い意思が宿っていた。

諦めずに最後まで犯行を否定し続けるつもりのようだ。

望華にチラッと視線を向けると、

未留を励ますように頷いた。


ここが正念場だった。

未留は相手の自白を待つような……

そう、相手に依存するような駆け引きはしない。

相手が言い逃れできないような、

求めているのは絶対の決定打。


だから、それを掴むために罠を仕掛けた。

その罠は最初から意図して用意していたモノ。


「それは……」


寿美麻が一度息を吸ってから、口を開く。

己の無罪を証明するために。


「殺害現場には割れた花瓶が散っていたのでしょう? だから私はあなたが口にしたコスモスというのが、その花瓶に活けられていたのだと推測したのです」


チェックメイトだった。

未留と寿美麻を除く生徒たちは完全に言葉を失った。

その空気を感じ取ったが、

寿美麻には自分が犯した致命的なミスが分からなかった。

未留はボイスレコードーを停止させ、静かに


「寿美麻千奈、あなたが浮気八太郎の殺害したことが確定した」


終わりを告げた。


「なっ!?」


彼女は訳が分からないといった表情で叫ぶ。


「どうしてですか! 私は先輩を殺してなんかいません! 今の会話の流れで何を根拠に私が犯人だと断定するのですか!?」


その言葉に答えたのは久浪だった。


「寿美麻さん……会長は一度も花瓶が割れていたなんて言っていないんです」


「っ!?」


「教えられたのは殺害現場の場所と、浮気八太郎が後頭部を鈍器で殴られ死んでいたということだけ。だからコスモスと言われても何のことか我々には理解できなかった」


「そんな……」


彼女は愕然とし、唇を震わせていた。

未留はそんな彼女の様子を一目見た後、


「江戸、警察を呼んで」


それだけ言った。

言われた江戸は慌てて

携帯の番号を押そうとして

「えーと、119番だったか?」と久浪に確認する。

久浪も動揺は隠せないようだったが

「警察は110番です」と

なんとか冷静さを保とうとしていた。


「珈琲未留会長」


気まずい空気の中、地に響くような声が発せられる。


「警察が来るまでの間に、あなたと二人で話したいことがあります」


その声の主は、

何かを吹っ切ったような表情の寿美麻千奈だった。



携帯がいつウェブをiモードではなく

普通にインターネットを閲覧できる機能、

「フルブラウザ」がいつ実装されたか

きちんと覚えている人はいないと思います。

なので何故 突然

「犯人は女なのか」と言い出した不自然さから

犯人を導くのが相手を確定できる唯一の術です。

それ以外は本文内で書いたように、

この状況では可能性だけなら無限にあるのですから。

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