解答編01「突破要素」
乙女の純潔、です
「――いくつもの致命的なミスをしている」
そこで少し思いついたように、
「ゴメン、江戸。席を外してもらえるかな?」
「は? おいおい、そりゃねーだろ。何でわざわざ私を外すんだよ?」
当たり前だが江戸は不満そうだった。
けれど望華はため息をつき
「だって江戸、すぐに顔に出るからね」
「うっ……」
「江戸、望華がこう言っていることだから」
「はいはい、分かりましたよ。ったく、未留ほどポーカーフェイスを保てなんて私には無理だし、仕方ないか」
彼女は扉へと向かったが、
部屋から出る前に立ち止まり
「ここまでやったんだ。必ず犯人を見つけてくれよ」と告げた。
望華は頷き、「大丈夫だよ」と答える。
パタンと扉が閉められた。
望華に視線を戻す。
「それで犯人のミスというのは?」
「まず一つは、花瓶。よくあの現場のことを思い出してみて。死体なんて非日常な存在があったせいでつい見落としてしまったことがあるんだ」
「死体に目がいって気がつかなかったこと……?」
発見した状況を思い浮かべる。
うつ伏せに倒れた死体、
その周囲に飛び散っていた破片と水……
「……そうか」
やっと望華が言いたいことに気がついた。
そう、死体の後頭部を中心に散っていた。
「立っている人に後ろから殴れば、そんな風には散らない」
「そう、だからあの花瓶は倒れている浮気の頭に叩きつけられたんだ。無防備に後頭部を晒して倒れている状態……気を失っていたか、あるいは既に死んでいた可能性もある」
「花瓶で二度殴ったというのは? 一度目で倒れ、二度目で割れたかもしれない」
「多分、無理だね。あの花瓶にはたっぷりの水が入っていたんだ。立っている相手を殴ったとしたら不自然に水が散るだろうし、一度目で割れる確立の方が高いよ」
殺害現場が視聴覚室とは違う可能性がある、
そう言っているのだ。
「人が死んだら血が大量に出ると思ってしまうけれど、そうならない場合もある。脳挫傷やら色々あるよ。たまたま血が出なかった、そこで犯人は死体を移動させようと考えたわけ。でもきっと動転していたんだろうね、花瓶を割ってあたかもそこで犯行が行われたように見せることができたと思い込んでしまった」
「それで司法解剖をすれば分かるということ……何かの薬物を使用して意識を奪っても、二度殴ったとしても、今の技術なら簡単に分かる」
「そういうことだね。勿論、今、考えたことが絶対とは言えないけれど。他の要素と組み合わせれば確率は高くなるはずだよ」
他の要素、つまりまだ何かあるということ。
他に疑うべきこと……それは何だろうか?
「……携帯のメール」
あのアドレスはウェブからしか送信できない。
転送サービスや時間指定で
送信するなども無理だと考えると、かなり犯人が限定される。
「そう。そして、あんなに怪しいメールをわざわざ犯人が送った意味を考えれば、自ずと答えは見えるよ。あのメールはメール自身の存在を知ってもらわなければ意味がない」
そこでやっと未留にも犯人が分かった。
椅子から立ち上がる。
髪を手で梳きながら、
まるで朝のスピーチを考えるように
頭の中で犯人を問い詰めるシナリオを作り上げていく。
どうすれば納得させられるか、
いかに不確定要素を唯一の答えと信じ込ませるか、
そして一番重要なのがどんな内容であっても
全員を席につかせたまま最後まで聞かせることが出来るか。
これが未留の得意分野だった。
人を寄せつけない容姿と拒絶した空気だからこそ
生み出す緊張感と威圧力……
それを武器に文芸学部自治会長たる
珈琲未留は他の自治会と対等以上に渡り合ってきたのだ。
未留以外にアクの強い文芸学部を統率できる生徒はいない。
そして未留が統治、交渉するに当たっての
参謀役が珈琲望華。
状況を整理し、最適な道を考え進言する。
副会長の久浪と会計役の江戸も優秀ではあるのだが、
この未留と望華の連携の前では
フォローするので精一杯であった。
「……望華」
「なに?」
「まだ分からないことがある。浮気の卒業制作はどういった意味が?」
「それは分からない。きっと、動機に関わることなんだと思う。うつ伏せの状態では取れないから、視聴覚室に運ぶ前に既に犯人が抜いたってこと分かるけれど」
どうやら望華にも分からないようだ。
犯人を問い詰めるに当たっての不安材料となってしまうが、
そこはなんとかするしかない。
「最後に。望華の言っていた『嘘』というのは? 嘘つきがいると言ったはず」
「うん、あれね」
未留の質問に、望華は頷き
「神経質になりすぎたんだよ、犯人は。そのせいで犯人と未留しか知りえないことに、つい反応してしまったんだ。未留の呟きにそんな意図はなかっただろうにね」
扉へと歩いていく。
「――乙女の純潔、だなんて、誰も気付きはしないよ。普通はさ」