問題編04「問題提起」
未留は会長室の椅子に腰掛けた。
疑いをかけられないように扉は開け、
執務室にいる寿美麻から見えるようにする。
「ねえ、どう思う?」
扉に背を向け、
壁を見上げながら口を開いた。
「……警察を呼ぼう、未留」
ついてきた望華は床に座り、
ふうと溜め息をついた。
「こんな証拠もアリバイも不確かな状態では犯人も断定できない。もし推理によって犯人が分かったとしても、人を殺した犯人が易々と犯行を認めるはずがないよ。強制力も何もない集まりだから、結局は何も出来ない」
そう進言する望華に未留は頷くが
「ピースが足りないということ?」
その内容を無視した返答だった。
「……もう、一度言い出したら聞かないんだから」
望華は疲れたように
もう一度深い溜め息をついた。
「望華、分かったことを教えて」
「1人は間違いなく嘘をついている。けれどそれは当然だよ。自分に不利なことは言わないにこしたことないからね」
「……嘘?」
「そっ、明らかな嘘が1つ混じっていた」
「それじゃあ、その嘘つきが犯人?」
「……まだ分からない。まだ不自然なことが2つあって、どう判断すべきか悩んでる」
望華は首を振った。
「一つ目は、どうして花瓶なんかで殴ったか」
「咄嗟に凶器がなかったから?」
「中に何も入ってないならまだしも、水がタプンタプン揺れるような物で殴ろうなんて普通思わないよ……ん?」
望華は誰かが来た気配に口を閉じる。
振り返ると、入ってきたのは江戸だった。
望華の姿を見た彼女は苦笑し
「望華、私だよ。しっかし、未留。また望華に頼ってんのか?」
「私よりも望華は優秀だから」
「だからって、学部を率いる自治会長様が実は参謀任せってのも……なあ?」
同意を求めるように見るが、
望華は溜め息をつくだけだった。
「江戸、何かあった?」
「ああ、そうだった。浮気の荷物から出てきたから見せておこうかと思ってさ。寿美麻と漁っていたら出てきたんだ」
生徒会室にあった軍手を着けた江戸が
持っていたのは携帯電話だった。
尾羽ほどではないが古いタイプで、
3年は前のモデルだった。
「浮気の携帯。どうも寿美間が言うには携帯をカバンに入れる奴らしくてな、それで残ってたみたいだ。で、最後にこんなメールが着信している」
着信 13時15分
題名 無題
本文 1時半に視聴覚室にて待つ
「差出人は浮気の登録していない相手か」
アドレスのドメインを確認すると、
携帯の物ではなく
パソコンから送られたメールのようだった。
江戸は床に座る望華にも見えるように屈んで見せる。
「このアドレスから特定できれば……苦労はしないか」
「無理だよ。フリーメールのようだし、嘘の個人情報で登録することも可能だから。それに、このアドレスはまだ生きているとは限らないよ。使い捨てならもう消されているから」
「携帯からの転送メールという可能性は?」
「……確か、これはウェブからだけだった気がするよ。ほら前に一度、未留も使ってたの覚えてない? 結構、融通の利かないフリーメールだから。転送サービスや携帯用サイトはなくて未留は使うのを辞めたんだよ。当然、指定した時間に送信とかも無理だった」
そう口にした望華は、
何かを考えるように目を閉じた。
「浮気がこのメールを見て行ったとすれば、なにか思い当たる節があったんじゃねーか?」
メールで視聴覚室に呼び出され、
いきなり後ろから殴られて死んだという流れが自然だ。
「そういえば望華。さっき、気になることは二つあるって言ったけど」
先程、言いかけていたことだ。
「……そうだったね。それはあの卒業制作のクリアファイルだよ。どうして犯人は中身を持っていったのかなって思ったんだ」
「最初から中身が入っていなかったのかもしれない」
「うーん……多分それはないよ。分からないのは、どうして犯人がそんな手間をわざわざかけたのかなんだ」
「何か意味があるということ?」
もどかしげに望華は首を振った。
「意味があるのかないのか、だよ。残された状況が全て紐を読み解くことに繋がるとは限らないから。ひょっとすると動機に関わることかもしれない」
その言い方に引っかかったのか、江戸が訝しげに尋ねる。
「望華、ひょっとして、犯人が分かったのか?」
「多分、ね。ピースが揃ったから」
あっさりと頷き、未留に視線を向け
「ねえ、未留。最後に聞くけど、今この段階で、警察を本当に呼ばないの? きっとこの事件は司法解剖すればすぐに解決するはずだよ」
「けれど、呼ぶわけにはいかない」
「……そっか」
ふうと溜め息一つ、望華は口を開いた。
「明確な証拠はなくて、あくまでも考えた推理はあくまで可能性が高いというだけだよ。誰もが不確かなアリバイの上に立っているわけだからね。やろうと思えば犯行が可能な人物は複数いる。だけど、あえて1人に絞ろうとしたならば、犯人はあの人しかいない」
言葉を続ける。
「犯人は少しでも自分が疑われないようにしたかった。けれど、それが逆に足跡になってしまったんだ。覆水盆に返らずとは言うけれど、犯人はその水どうにか戻そうとして、逆に広げてしまった感じかな」
望華は立ち上がり、未留の傍まで行く。
「未留、犯人は――」
問題編 終了
解決編へ続く
これで問題編は終了です。
ここまでに必要なピースは揃っています。
解決編は後日掲載します