問題編03「行動確認」
それぞれのアリバイのシーンです
江戸の写してきた入館者リストを見ると、
執務室に今いる人数で
今日入館した生徒が揃っているようだ。
知らない名前は3人。
「音学科の2年生、有賀透はどっち?」
「俺だよ」
ひょろっとした方の男子生徒が手を上げた。
「浮気と面識は?」
「……ある。あの人は演劇の音響担当で、俺の専攻と近いから何度か話したからな」
確かに音学科には「音楽」だけでなく
「効果音」について学ぶ専攻がある。
ならば学年が違っても
顔見知りということもありうるだろう。
「それじゃあ文学科の1年生、大谷住時というのがあなた?」
今まで一度も言葉を発しなかった男子生徒が頷く。
中肉中背で特徴らしい特徴のない生徒で、
人混みから見つけ出すには
若干個性的ともいえなくない……
鋭角的な眼鏡のフレームだけで判断するしかないだろう。
「浮気先輩とは同じクラブ……考古学研究会に所属しており、当然面識もありました」
クラブの先輩が殺されたというのに
大谷は随分と落ち着いた様子だった。
「で、演劇科の3年生、寿美麻千奈が……」
「私です。先輩とは何度か公演でご一緒させていただきました」
彼女はまるで般若のような表情で睨みつけてくる。
どうやら嫌われているらしい。
「尾羽は浮気のことは?」
「話したことはないけど、一応は知ってるわ。彼、演劇科の4年生をまとめていたそうだし、何度か評判は耳にしたから」
話したことはない、そこを強調して言った。
自分は無関係と言いたいのだろう。
「最後に私たち自治会のメンバーも彼とは面識がある。劇の申請やらなにやらで彼は何度も足をここに運んでいたから」
未留は全員を見回す。
「今のところ全員に犯行の可能性がある。これからアリバイを聞いていくわけだけど、嘘をつかないほういい。例えそれが自分に不利になるであろう発言であっても、嘘をつきそれが発覚した場合には不利になるから」
そこで大谷が手を上げた。
「その前に、会長さんが持っている情報を教えてもらえませんか? 僕たちが疑われると同時に会長さんも当然疑わなければならない。取り仕切っているは自分に有利なように進めるためという可能性だって十分あります」
抑揚のない口調だったが、
内容は挑発的だった。
寿美麻がそうだと言わんばかりに睨みつけている。
けれど未留は今気付いたとばかりに頷いた。
「私が知っているのは浮気が殺されていたのは3階視聴覚教室。後頭部を鈍器で殴られて殺されたということだけ。死体を見たのは14時10分」
九浪に視線だけで問いかけると
彼は思い出すように眉間に人差し指を当てる。
「会長が執務室を出たのが、14時ですね。もしいつも通り一階から見回って行ったならだいたい3階の視聴覚教室に着くのは10分後くらいです」
久浪の証言に寿美麻が鼻を鳴らす。
「だからと言ってあなたが白ということではありませんよね。違う時間に殺した後、何か犯行の足跡が残っていないか確認にいったという可能性あります。そもそも何故あなたは執務室を出たんですか?」
「ああ、それに関しては不自然な点はねーよ。身内をフォローしてるわけじゃないぞ? 私たちは平日休日関係なしに、自治会執行委員の誰かが常に執務室にいなければならない。更に休日の場合は定期的に校舎内の見回ることになっている。今日はたまたま未留と久浪だったわけだ」
「それが本当に偶然なのか、あるいは必然なのか……分からないということね」
尾羽が溜め息をつく。
重苦しい空気から一刻も早く
解放されたいという表情だった。
けれど未留がそんなことに気を使うはずもない。
「寿美麻くらい疑ってくれた方がいい。誰が犯人か分からないのだし、逆に相手に対して気兼ねなく疑うことができるから」
そこで一度区切り
「私の他の時間のアリバイは久浪が証明してくれる。書類仕事のために朝一番に久浪と入館し、その見回り以外はずっと会長室にいたから」
後ろの扉を開ける。
会長室とは執務室の奥にある小さな部屋であり、
元々は倉庫として使われていたのを
未留が私物化したものだ。
窓もないため出入りするには
この執務室を通る必要がある。
久浪は一度だけ未留の目を見た後、
ゆっくりと頷いた。
「私が保証します。次に私のアリバイですが、一度も部屋を出ずにずっとここにいました。ただ保証してくれる方はいません。会長は扉の向こうですからね。私がはっきりといたと断言できる時間は、会長がこちらの部屋に来た時と誰かが鍵を借りに来た時間のみ」
鍵の貸し出しの帳簿をヒラヒラと振った。
執行委員が休日でもいる理由の
一つに鍵の管理がある。
視聴覚室などの特殊な教室は勿論、
一般の教室であっても
執務室で鍵を借りる必要があるのだ。
「そいつはいいのか?」
有賀が冗談めかした口調で望華を指す。
「望華はずっと私といた。それが?」
彼は肩をすくめた。
未留は話が終わったとばかりに久浪に向き直る。
「鍵の管理帳簿をホワイトボードに書いてくれる?」
「分かりました」
久浪が均整の取れた綺麗な字で書き連ねていく。
10月●●日
・ 9時15分 開架図書室
江戸江美亜
・10時00分 第二実習室
浮気八太郎
・10時00分 視聴覚教室
浮気八太郎
・10時30分 第一実習室
寿美麻千奈
・10時50分 演劇科倉庫
寿美麻千奈
・11時30分 文芸書庫
大谷住時
・13時00分 音学科特別実習室
有賀透
情報を確認した未留は
執務室の壁に貼られた
学園の見取り図に視線を移す。
文芸学部の校舎。
中央にある北向きの入り口から一階へ入ると、
まず正面には開架図書室がある。
これは中央校舎にある
図書館に入りきらなかった書籍の避難地で、
図書室とは名ばかりで
実際には生徒達の休憩所となっていた。
元々違う使用用途で作られた部屋のため
ガラス張りで外からも中からも丸見えである。
階段は図書館を挟むように2つ、
エレベーターは1基しかなく東階段の隣だ。
玄関に近いほうから順に
西側には第2実習室、第一実習。
東側には守衛室、文芸学部事務室、
事務室の向かい側に未留たちが
今いる執務室がある。
文芸資料室があるのが2階、
音学科特別実習室は3階、
どちらも執務室と同じ場所に位置する。
視聴覚室は音楽科特別実習室の対面、
演劇科倉庫は視聴覚室の隣だ。
入館記録に記された時間と
鍵の貸し出し名簿を見比べる。
鍵を借りた者は入館してから
真っ直ぐと鍵を借りに来たようだ。
未留はいくつか気になる点を
頭の中でまとめる。
「最初に先に聞いておくけれど、今日、一度でも視聴覚室に行った人は?」
その言葉に全員が首を振る。
「そう。それじゃあ次。江戸が登校した理由は? 自治会の当番ではないはずだし、どうして資料管理委員会でもないあなたが開架図書館の受付をしているのか」
「たまたまだよ。資料委員会の知り合いが突然来られなくなってさ、仕方なく私が来たんだ。自治会委員だから担当教諭には許可をもらっている」
苦々しい表情で「こんな厄日に当たるなんてついてねー」と呟いた。
「今日、開架図書館に何人か来たから、誰かがいる時間が私のアリバイのある時間だ。ガラス張りとはいえ守衛室からは見えねーからな。図書室はネットも繋がっていない部屋だからな、受付でずっと座っていた」
「それで、誰が開架図書館に?」
「尾羽、寿美麻、大谷の3人だ」
それで話は終わったとばかりに
ソファーに腰を深く沈める。
「ありがとう。次に気になったことは……尾羽、あなたはどこの部屋の鍵も借りてないようだけれども、登校の目的は?」
「わっ、私?」
突然に話を振られたことに
彼女はビクッとしたが、気取り直し
「私は午前中、中央図書館で卒業論文の資料を集めていたわ。それでいくつか資料が足りなかったから、12時半くらいにこの校舎に来てそれからずっと開架図書室にいたの」
「モノクロ、ずっとじゃないだろ? 何度か部屋から出ていったじゃねーか。私が覚えてるだけでも3回。そのうち一回は図書室のすぐ前にある自販機だったか」
「そ、そんなに長時間席を外していなかったじゃない。飲み物を買って、飲み終えたコップを捨てに外に出て、最後の一回はトイレよ。トイレだって長くても10分も行ってない」
尾羽は慌てながらもしっかりと答えた。
そしてまだ証言していない
下級生たちに視線を向ける。
彼女のあまりの慌てぶりに、
逆に冷静になったのか、
落ち着いた様子で寿美麻が口を開いた。
「私は学外発表会で公演した劇の暗幕と小道具の後片付けに来ました。先日、発表会が終った後に第一実習室の隅に放り込んだまま解散したので、今日はその片付けに来たんです。一人でも十分な量でしたから、午前中のうちに全部を3階の演劇科倉庫に運びました」
「一度で?」
「小道具と言ってもそれなりに数もあって重いですから、台車で3回くらいに分けて運びました。その時はエレベーター使いましたから、江戸先輩も見ているとは思いますよ」
視線を向けると江戸は頷いた。
「台車がガラガラとうるさかったから見てたよ。回数は覚えてないけど。尾羽より先に来て、そのあと寿美麻は14時少し前くらいまで開架図書館にいた」
「私のアリバイはそれだけです」
寿美麻は重苦しい息を吐いてから、口を閉じた。
「では、順番的には僕ですね」
次に証言を始めたのは
ホワイトボードを見ていた大谷だった。
「僕は鍵を借りた後、真っ直ぐに文系書庫に行きレポートの調べ物をしていました。資料は無事に集まったのですが、ご存知のとおりあの書庫には本を広げて読むようなスペースはありません。ですから後は開架図書館でずっと読書をしていましたよ」
「その時間は?」
久浪の質問に大谷は肩をすくめて
「携帯を忘れてしまい、時間が分からないんです。腕時計も着けていませんしね」
江戸が思い出すように頭に手をあてる。
「大谷は寿美麻と同時くらいに来たぞ。両手一杯に本を抱えていたよな」
「そう、分かった」
そして視線が最後の1人に向かう。
居心地悪そうに座っていた有賀は面倒そうに
「俺はずっと音楽の実習室にずっといた、それだけだ。まさか向かいの視聴覚室で人が殺されているなんて思いもしなかったよ」
「何か物音は聞いた?」
「ヘッドホンつけながらパソコンで作曲してたからな、外の音は全く聞こえない。後ろに立たれても気付きはしないと思うぜ」
「そう……アリバイになりそうことはなにかある?」
「……強いて言うなら、チャットで相談しながら作曲していた。そのログの記録がPC内にはある。別に珍しいことじゃないんだ。あそこはインターネットに接続してるからな、よくみんなあそこでネットを使って調べたり意見交換しながら作曲している」
自分のアリバイが
一番危ういことを自覚しているのだろう。
溜め息混じりに話している。
「ログを見れば完璧なんだけどな……俺がチャットを始めたのはついてすぐだから13時10分くらいだと思う」
「分かった。後で見てみることにする」
脱力したように有賀はソファーにもたれかかっていた。
久浪がみんなのアリバイを
ホワイトボードに書いてまとめていく。
これで全員の証言は揃った。
果たしてこれだけで犯人を
突き止められるかは分からないが、
やるだけやってみる価値はあるだろう。
未留はじっと証言と帳簿の情報を眺める。
殺害現場を思い出す。
計画的に殺されたのか、
それとも衝動的に殺されたのか……
それが分かるだけでも大きな手がかりになるはずだ。
(ダイイングメッセージでもあればいいのだけれども)
後頭部を殴られてそんな余裕があるとは思えないが。
それでももしメッセージを
残していたと仮定したなら、何があっただろう?
「コスモス……か」
どう考えても、
浮気が残したようには見えなかった。
犯人に気付かれず、
かつ犯人を特定できる証拠を用意できるような
悠長な被害者、現実にいるのなら見てみたいものだ。
呟きは声に出ていたらしい。
寿美麻が露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「女性が犯人だと言うのですか?」
「7分の4の確率だから、半分よりかは高い」
「なっ! そんなテキトーなことで犯人を決めるつもりかよ!」
血相を変えて立ち上がった江戸を、
「冗談」と未留は一言で押しとどめた。
締め付けられるような嫌な空気の中、
「ゴメン、ちょっといいかしら」
尾羽が手を上げた。
「正直、この空気に、もうちょっと限界なの。ここで一度、休憩させてくれないかしら。そんな場合じゃないって分かっているけれど、ゴメンなさい」
そういう彼女の顔色は真っ青になっていた。
あまりにも重く険悪な空気に
精神が磨り減っているようだ。
見回すとほとんどの生徒が、
この短時間で目に見えて分かるほど消耗している。
平気な顔をしているのは未留と久浪だけだった。
「そうね、ここで少し休憩を挟む」
未留は少し考えてから
「久浪と有賀はそのチャットログの確認を。尾羽は外の空気を吸いたいというのなら大谷も一緒に行動して。江戸と寿美麻はここにいてほしい。ここで一人でも単独行動を取ったなら疑いが深まるというのは理解できると思う」
今あるピースを整理する必要がある。
未留はそう判断し立ち上がった。




