問題編02「状況開始」
登場人物の紹介です。
主人公は冷血の象徴です、はい
執務室というのは正確には
緑ヶ丘大学文芸学部自治会執務室という。
文芸学部には音学科、演劇科、デザイン科、
そして珈琲未留の所属する
文学科の四学科がある。
その外部の生徒代表が文芸学部自治会であり、
2年生に会長に就任した未留は
最終学年である4年生になっても
まだ会長を続けている。
独裁というわけではなく、
ここ数年ほど他の学部との
小競り合いが激化しているために、
他の学生では手に負えないという理由からだった。
「江戸、ご苦労様」
未留が執務室の扉の前に立ったところで
彼女が合流してきた。
まるで男のように短く切った髪、
スポーツ選手を思わす颯爽とした雰囲気、
そして何が気に食わないのか
いつも不機嫌そうに細められた鋭い瞳。そ
れが江戸江美亜という女性だった。
彼女は自治会において会計を務めている。
4年生で、所属はデザイン科だ。
「ったく、人の都合を考えろっての。アンタと違って卒業論文がまだできてねーんだ。いつもいつも私が暇だと思うな」
「そう、悪かった。でも仕方ないことだから」
素っ気無くそれだけ言い、
扉を開けて中に入る。
中にいたのは久浪を含めて
男3人に女2人の計5人。
いきなり呼び出されたために
全員があまり友好的とはいえない表情を浮かべていた。
けれど未留にとっては関係がない。
未留は良い意味でも悪い意味でも美人だった。
モデルに負けないほど
均整の取れた体の線に美しい顔、
まるで水のように流れる艶やかな髪。
異性は勿論、
同性から見ても美人としか
言いようがない美女だった。
しかしその完璧ともいえる容姿が、
一目で分かるほどの人を拒絶したような
冷たい空気を助長している。
彼女と正面から見詰め合って
きちんと話せる人間は限られていた。
全員を見回すと、
それだけで誰もが急な呼び出しに
文句の言葉を飲み込む。
「久浪、これで全員?」
「分かりませんが、守衛に聞けば今日の入館者が分かるはずです」
答えたのはスーツ姿の
いかにも優男といった感じの男子生徒だった。
彼が久浪であり、文学科所属の3年生。
自治会の縁の下の力持ちとして
支えてくれている副会長だ。
「江戸、悪いけど守衛室で今日の入館記録を写してきて。その後に第二実習室の荷物を持ってきて欲しい」
「はあ? 何の説明もなしにそれかよ。アンタ、私のことナメてんのか。それに荷物って何のことを言ってんだ?」
「演劇科4年生の浮気の荷物。分からなければあるもの全部を。何もなければ別にいい」
「……はいはい、分かったよ。行けばいーんだろ」
文句を言いながらも彼女は出て行った。
彼女ともは入学以来の付き合いだ、
どうやら非常事態だと察してくれたらしい。
口では文句を言っているが、
何だかんだで未留のことを信用してくれている。
「いい加減に用件言ってくれないかな? 俺らにも都合があるんだ」
今まで黙っていた男子生徒が
イライラしたように口を開いた。
ひょろっとした体格の男で、
どうにもひ弱そうな男だった。
座っていても分かるくらいの長身ではあるが、
猫背のために頼りない感じを受ける。
未留の知らない顔のことから、
どうやら下級生のようだ。
「私たち、用件も知らされずにいきなり呼び出されたんだから」
そう口にしたのは携帯電話で
メールを打っている女子生徒だった。
その携帯はかなり古い、
今では誰も持っていないような
カラー対応していない旧式。
彼女は4年生であり、未留も顔を覚えていた。
「大丈夫。今から始める」
前に立つ。誰もが認める学部一の秀才は、
まるでこれから小テストでも受けるかのように
緊張した様子もなく落ち着いている。
おかげで誰もが気負うことなく聞いていた。
「演劇科の浮気が死んでいた。それも間違いなく他殺」
いや、その静かな振る舞いのせいで、
誰もが心の準備ができていなかった。
未留の綺麗な声が響く。
あまりにも抑揚ない言葉のせいで、一瞬、
その言葉の意味を誰も理解できなかった。
やがてゆっくりと全員の顔に
理解の色が浮かんできたところで、
久浪がみなの意見を代弁するように口を開く。
「会長……みなをここに集めた理由は、まさか……」
いつもは穏やかな笑みを浮かべている彼も、
さすがに焦っているようだった。
そんな彼に未留は無表情に頷く。
「そう、今から犯人探しを行う」
はっきりとそれを告げた。
メールを打っていた女子生徒が
バンッと机を叩いて立ち上がる。
「ちょっと珈琲さん! あなた何を考えているの!? すぐに警察を呼びなさいよ!」
尾羽陽子。
江戸と同じデザイン科の4年生だ。
彼女の性格は神経質そうな顔によく表れている。
外も中も白黒の旧式携帯がトレードマークであり、
一部の生徒からは「モノクロさん」と呼ばれていた。
「尾羽、警察は呼べない」
「どうして……?」
「平成19年度文芸祭まであと3週間しかない。下手に長引けば、行事は中止となる」
「なっ!?」
淡々と告げる未留に尾羽は絶句していた。
「……人が、先輩が死んだというのに……どうしてあなたはそんなに平然としているんです! あなたにとって人の死はそんなに軽いモノなんですか!?」
叫んだのは小柄な女子生徒だった。
大人しそうな外見とは裏腹に、
鬼のごとく血走った目で未留を睨みつけている。
知らない顔だが、
浮気を先輩と呼んだことから演劇科の下級生なのだろう。
「誰が犯人か分からない状態でズルズルと引き伸ばせば、行事が中止になるだけでなく、学校全体に不安が広がる。だから今、この場で犯人を見つける必要がある。学校からの予算、芸術団体からの寄付、高校に配布する大学案内……数え上げればキリがないくらいに絡んでくるから。大丈夫、最終的には警察は呼ぶ」
「あなたって人は……それでも人間なんですか……」
「犯人も見つからず文芸祭も中止、その最悪のシナリオを避ける為に犯人をこの場で断定する必要があると言ってるだけ」
「私が言いたいのはそんなことじゃありません!」
「言いたいことははっきり言ってほしい」
「……っ!」
淡々と告げる未留に、
その女子生徒は歯軋りをしていた。
一触即発の空気の中、執務室の扉が開いた。
「未留、持ってきたよ。荷物が一人分しかなかったからこれでいいだろ」
帰ってきた江戸は部屋に漂う危険な臭いに、
露骨に顔を顰めた。
「ありがとう。荷物はそこの机において置いて」
「なあ、何があったんだよ? それにこの荷物は何のために持ってきたんだ?」
訝しげに尋ねる彼女に、簡単に答える。
「人殺し。そして江戸が持ってきたのは被害者の遺留品ということ」
彼女は首を傾げて、
そして自分の手と持ってきたばかりの荷物を見比べた。
「冗談、だよな?」
「本当」
「私、素手で持ってきたから、指紋とか残ったりする?」
「残るかも」
「そっか」
納得したように頷いた江戸は、
一度息を吸った後
「なんで最初からそう言わないんだよ!!」
絶叫した。