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卒業制作を抱きしめて  作者: テオ
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問題編01「殺害現場」

殺害現場のシーンです。

未留(みる)は『それ』を無言で見下ろしていた。

瞳に何の感情も映さず、

ただじっと見つめている。


「ね……ねえ、寝てるだけ、だよね? そうだよね?」

望華(もか)が肩を揺らすが、

黙ったまま答えない。

視線の先には男、右手で何かを持ち、

抱えるような格好で静かに倒れている。


「間違いなく死んでいる」


「嘘……」


血溜まりは後頭部を中心に広がっており、

その溢れた大量の血は

誰が見ても手遅れだと物語っていた。

未留は血溜まりを踏まないように近づき、

首筋に手を当てて脈を取る。

確認するまでもなかったが、やはり死んでいる。

既に熱も失われており、冷たくなっていた。


周囲に飛び散っているのは血だけではなかった。

死体の頭を中心として

円状に広がっているのは水と陶器の破片。

大きい破片に描かれた模様から花瓶だと分かる。

活けられていたピンク色のコスモスが、

まるで献花のように男の傍に無造作に散っていた。

そのコスモスは先日、

未留が大学の前の花屋で買ってきた物だった。


床に流れた水はタイル張りの床にまだ乾くことなく残っていた。

散った水には当然ながら誰かが踏んだような跡はない。

足跡があればすぐにでもその人物を特定できただろうに。

死体を触らないように、

抱き抱えている物を覗き込む。

どうやら右手に持っているのは封筒、

どうやら卒業論文を閉じるためのクリアファイルのようだ。

大学の教務部に提出する時は

このファイルに提出することになっていたのだ。

当たり前だが、論文ではなく卒業制作であっても

最低で原稿用紙80枚分は必要である。

だというのに抱えられているファイルは薄い。

ファイルだけか、

あるいは入っていたとしても数枚程度だろう。

余程大切な物だったのか強く握り締められている。

胸元にあるそれを取ろうとするには

一度死体を仰向けにしなければならない。


「ねえ、どうしてそんなに未留は冷静なの!? 人が、人が死んでいるんだよ!」


「望華、落ち着いて。死体は噛みついてこないから」


「そうじゃなくて!」


深呼吸を繰り返した望華はやっと思いついたらしく


「警察、警察呼ばないと……」


しかし、未留は首を振った。


「警察は駄目」


「ど、どうして!?」


「都合が悪いから」


淡々とそう告げ、携帯電話を取り出した。

折りたたみ式の携帯をパチンと開き、

電話帳一覧を開いて『カ行』を探す。


「……何を、するつもり?」


「解決する。方法はどうあれ、最悪の結果だけは避けなければならない」


「人が、死んでいるんだよ?」


「死んだ彼と生きている私、優先すべきはどちらか。考えるまでもない」


「未留!」


叫ぶ望華を黙らせ、通話を繋いだ。


『会長、どうしました?』


電話の向こうから聞こえてきたのは

落ち着いた男の声だった。


「久浪、すぐにこの校舎内にいる全員を放送で執務室に集めてほしい。緊急事態だから。確か江戸が入り口近くのホールにいたはず。出入り口を見張らせて」


『分かりました』


それで通話が切れた。

電話向こうの久浪は何も尋ねてこなかった。

自治会長の唐突な行動は今に始まったことではないので、

副会長こと久浪(くろう)士郎(しろう)は慣れたものだった。


「さて……」


出口へ向かう。

部屋を出ようとしたところで、一度振り返った。


浮気(うき)(やつ)太郎(たろう)だったかな……」


声は静かに消えた。

未留はもう振り返らない。


時計の針は14時10分を差していた。


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