銀河鉄道のチョム-老人編-
じいちゃああああああん!
孫が呼んじょる。
意識が遠のきそうじゃ…
体が重い…呼吸がままならぬ。
わしを乗せた銀河鉄道ハヤブサは、物凄いスピードで地球を離れようとしていた。
しかし地球がそれを拒むかのようにわしを連れ戻そうと引き付ける。
それでも、わしは行かねばならぬ。
孫の自由研究…イトカワダンゴムシの観察を完成させるために。
その強烈なGは爺の老体にはきつかった。
先ほど食べたやわらか煮込みハンバーグが胃の中で重荷へと変わり凶器になっておった。
じいちゃああああああん!
孫が呼んでおる、わしは必死に首だけを動かし孫の方を見た。
わしは大丈夫じゃ。そう言うつもりじゃった。
しかし孫が次に続けた言葉は
「見てよ!街がどんどん小さくなる!」
わしは窓側の席、孫は通路側。
わしの首は孫を見ている…わしが見なければならん方向は窓側じゃったのか…
「のぉおおお!見えとるぞ!東京が小さくなっとる!」
だめじゃ、首を180度逆に向ける程今のわしに力はない。
「じいちゃんどこ見てんだよ!あっちだよ!あっち!僕見てどんすんのさ!」
「大丈夫じゃ!わしには見えとる!後ろにも目がついとるんじゃ!」
孫に弱ってる事を知られるわけにはいかなかった。それは優しい嘘のつもりじゃった。
「変なのーwwwww」
孫の嬉しそうな顔に救われた。
そしてグラビティシステムが通常稼働するまで、わしは戦い続けた。
それから宇宙空間に出て、通常Gに戻った。しかしわしは、通常の爺とは言えぬ体調であった。胃の中のやわらか煮込みハンバーグがバウンドする感覚に見舞われたのじゃ。
押さえつけられてたバネが跳ねる如くといった感じじゃった。
「グェッww」
変な声が出てしまった。
そんなわしを心配してか孫がわしの顔を覗き込んできた。
「じいちゃん、顔青いよww」
「ははは、わしは白人とのクォーターなんじゃよ。」
「何言ってるの?コータは僕の名前だよ、爺ちゃんの名前はミノスケだよ。忘れたの?ww」
わしの名前はタカノスケじゃ…
でも孫が楽しそうじゃからミノスケでもいいじゃろ。
うぉぉお!思いとどまれ煮込みハンバーグぅうう!
Gと爺の戦いは爺と胃の戦いになっておった。
なんじゃこりゃあああああ!
突然、後方の席から松田優作ばりの台詞を叫ぶ女性の声が聞こえた。
わしの吐き気もそれで一旦引っ込んだ。振り返ると後ろの席で車掌らしき人物となにやら会話していた。雰囲気からするに然程深刻ではないらしい。
しかし女性客の挙動不審ぶりは見るに耐えんものじゃった。
というよりわしの体調の方が深刻じゃ。
一旦引いた吐き気が戻ってきた。
わしがトイレで嘔吐すれば根本的問題は解決するじゃろう。
だが、孫はどうする。車両に放置しておくのは心配じゃ、あの挙動不審女は何かしでかしそうな気がせんでもない。
かと言って孫をトイレの前で待たせても、わしの嘔吐の音と声で無駄に心配かける事になる。
わしは耐えるしかないのか…
「お客様、大丈夫でしょうか?顔色がすぐれないようですが…」
へっ?
声のする方向を見ると碧眼金髪の青年がおった。車掌のようじゃった。
「顔色が悪いのは白人とのクォーターで一日の4分の1は青白いんですよ…」
わしゃ…なかなかの役者かもしれぬな。第二の人生が見えた気がした瞬間じゃった。
「左様でございましたか…何か御用の際はお呼び下さい。」
彼がそう言って頭を下げるまでの瞬間、わしの目にネームプレートが映った。その存在感はわしの脳内に強烈に流れ込んできたのじゃ。
チョム・ポルムキン・E
どこの国出身なんじゃああああ!!
普通ならチョム・E・ポルムキンじゃろ!!
アドレナリンの放出が尋常でない事に気付いた。わしはどこかで聞いたことがあったのじゃ。
確か出身星を最後につける人々がいると。
Eという事はエルドラド星の人々という事になるじゃろうが…あそこは特殊環境じゃから緑髪黒目の人が多いんじゃが…他にE惑星は…
おぇえええっ!
危ない!やわらか煮込みハンバーグが!
「じいちゃん!なにあれー!」
孫が指さすのでその先、窓の向こうを見ると宇宙ゴミが流れていた。
「スペースデブリじゃな。」
「へー、うちの母ちゃんスペース級のデブだから似たようなもんかなぁ?」
娘よ…痩せよ…
そんな事を思いつつ眺めているとWCと書かれた宇宙簡易トイレが目の前を通り過ぎて行った。
トイレ行きたい…吐きたい…
忘れつつあった吐き気を思い出してしまった。
わしは恨めしくそいつが流れてゆくのを追った。
それからは無の境地で挑んだ。
気分なぞ悪くないのじゃ。そうかもしれんと思うからこうなるのじゃ。
そもそも何故やわらか煮込みハンバーグを食べてしまったのか。
いや、あれは避けられぬ運命じゃった。人気ゆるキャラ、やわらか煮込み君のストラップがついており、孫が欲しがっておったのじゃ。
それで車内に持ち込んだら、なんと地球上でお食べくださいと書いているではないか!
何が起こるというのじゃ!
わしはかき込むように胃におさめた。
そうじゃ…避けようのない運命だったのじゃ…
とんとんとんぽーん
わしが過去の誤ちと向き合っておると車内アナウンスが流れた。
「これよりワープ走行に入ります。ワープ走行中はグラビティシステムが稼働できませんので無重力状態になります。ご注意下さい。ワープに切り変わり次第無重力状態になりますのでシートベルトを着用して下さい。ワープ走行3分前です。」
チョムの声じゃ!
わしは孫にシートベルトをつけるよう言い、自身も装着した。少しやわらか煮込みハンバーグの水位が上昇した。
無重力になればこのやわらか煮込みハンバーグもおとなしくなるじゃろ。少しの辛抱じゃ。
「ワープ走行1分前です。」
はよ無重力状態なってくれ!
こういう時の1分間は何故か長く感じる。しかし耐えれば良いのじゃ。必ずその時はやってくる!
「ワープ走行に入ります。」
窓の外が光り始め、カーン!と高い音がした瞬間に体の重みが無くなったのを感じた。
これが無重力!!
わしは感動した。シートベルト着用サインが消える。わしは即外した。体が浮く!浮いてる!孫も楽しそうじゃ!
しかし次の瞬間、ある四文字熟語が脳裏によぎった。
縦横無尽。跳梁跋扈。
わしの中にあるやわらか煮込みハンバーグが、思い思いの方向に動くのを感じ取った。
その気持ち悪さは今までの比などではなかった。それは間違いなくわしを殺しにかかっていた。
うぉおおおおおお!
「じいちゃん?」
孫にこれをぶちまけるわけには行かぬ!わしはとっさに孫に突き飛ばした。通路を挟んで向かいの空席に飛んでいく。これでいい。これで…
ゴボォオオオオオオオオオ!
もの凄い勢いで何かが口から飛び出た。それは遥か昔、人類が宇宙を夢見て作ったと言われるスペースシャトルの打ち上げを思わせるものだった。
しかしそれと共に気づく。わしは本当に吹き飛んでいた。口から飛び出したやわらか煮込みハンバーグとその他もろもろがとてつもない推進力となり、わしを後方へと吹き飛ばしていたのじゃった。脳内処理が高速なのか捉えてる映像がスローモーションになっておる…この後の展開を考える。最大の出力を誇っているのは頭部である。足部は何も放出はしていない。それは腰部を軸に回転して飛ぶという事に他ならない。わしの視界が回り始めた!回る!回る!これはもうきりもみ状態じゃ!止まれぬ!かかる遠心力のGが爺を襲う!なにがなんだか分からぬ視界の中、もう孫の姿を見つける事は叶わない。
わしは薄れゆく意識の中、クリーニング代はいくらになるんじゃろ…とそんな事を考えていた。