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84区  えいりんの激走と私の思い

挿絵(By みてみん)


時刻は14時。

熊本県の陸上競技場。

女子1500m決勝のスタート。メ

インスタンド上段に座る私。


何もかもが昨年と一緒だった。違うと言えば、今年は迷わずにたどり着いたこと。

そして、えいりんがスタートと同時に飛び出したことだ。


スタートすると同時に先頭に立ったえいりんは、どんどん後続との差を広げて行く。


後ろの選手はペースが早過ぎると思ったのか、それとも実力が違いすぎると悟ったのか、誰1人えいりんを追いかけようとはしなかった。


先頭を独走するえいりんの姿を見て、なぜだか綺麗だと感じた。


それはフォームの崩れがなく、綺麗に走れているとスポーツ選手を褒め称える時に使う意味では無く、絵画を見た時に思う綺麗と言う感情に近かった。


圧倒的なスピードで走るえいりんの髪は風になびき、後ろに力強く振った腕と、地面を蹴り前へと進む脚の動きが絡み合って、走る動作が一つの芸術作品のように見えた。


えいりんの体から風が流れ、汗が水しぶきとなって弾けているような錯覚すら感じてしまう。


そんな綺麗な走りをもっと見ていたいと言う私の思いを裏切るかのように、えいりんは県高校新記録と言う速さで1500mを走り切ってしまった。


4分19秒44。


えいりんが1500mを走るのに要した時間、私は確かに芸術と戯れていた。


この走りになら負けても良い。

ほんの一瞬だがそう思ってしまうほど、えいりんの1500mと言う作品は綺麗だった。


試合が終わり、えいりんと競技場の玄関前で落ち合う。

最寄りのバス停まで歩いている最中にレースの感想を求められ、思っていたことをそのまま口にすると、えいりんに大笑いされた。


「なんか変なものでも食べた?」

「失礼な。そんなんじゃないって」

「まぁ、それは一時の気の迷いだね。時にさわのん! 肩にタスキを掛けて、目の前で私の走りを見た時に同じこと思える?」


その場面を想像し、考える。


不思議と負けても良いとは思えそうになかった。

むしろ、負けてなるものかと言う思いが噴水のように湧き出て来そうだ。


「無理!」

「でしょ。負けても良いと思ったのは、あくまで外から私の走りを見た時の感想。それも、変な所に心が行っている時の。実際に一緒に走ったら、絶対にそうは思わないって。下手したら、さわのん自身が1500mを走っている時ですら、負けたくないって思うんじゃない?」


えいりんに指摘され、それは確かにそうかも知れないと思う。

それでも、一瞬本当に負けても良いと思ったのは紛れもない事実だったが、それは黙っておいた。


「まぁ、それでこそ、さわのんだけどね。でも安心した。いつか直接対決した時に全力で勝負してもらわないと困るしね」

「なにそれ? そもそもえいりんと直接対決なんて、全国レベルの大会じゃないと無理でしょ」


「都大路も立派に全国大会でしょ。今年こそ頑張って城華大付属を倒せばいいじゃん。私もメンバーに入れるように頑張るよ。それで、都大路で勝負しよう!」

「まるで何かのゲームね。私が主人公だとすると、藍子が中ボスでえいりんが最終ボスって感じ? てか、その前になんで直接対決したいわけ? 藍子も同じこと言っているんだけど」


私の一言にえいりんはため息をつく。


「わかってないわね、さわのん。私も藍子も中3の時に一度もさわのんに勝ってないんだよ。さらに高校に入ってからは直接対決も無いし。事実上の勝ち逃げじゃない。このままで終わらせるかって思うのは普通でしょ。あ、バス来たよ」

バスが来て乗り込むと、話は途中で中断してしまった。


でもえいりんの言いたいことが少し分かった気がした。

同じ立場なら、私も同じことを思うかもしれない。


バスに揺られ、街中まで来る。


えいりんの住む寮は街の中心地にあった。

と言うより、ここは私が昨日通った道だ。


そして、ここから熊本城までが1キロも無いことに気付く。


そうか、だから昨年えいりんは熊本城の公園にいたのか。

一年たってやっと理解出来た。


「鍾愛女子高等学校駅伝合同合宿所」玄関には達筆な文字で書かれた看板がかかっていた。


でも、その看板が無ければ、大きな玄関のある2階建てのアパートにしか見えない。


現に私は何度かこの前を通りながら気付かなかった。


「市島瑛理です。ただいま、県選手権から戻りました。この後、外出予定です。帰宅は21時予定。夕食は欠食でお願いします」


玄関に小さな管理人室があり、初老の男性が新聞を読んでいた。

えいりんはその男性にてきぱきと要件を伝えて行く。


「さわのん、これ書いて」

えいりんが一枚の紙を渡して来る。


『入寮許可申請書』と書かれたその紙には、氏名、学年、クラスを書き込むようになっていた。


それしか記入しないで良い所をみると、入寮出来るのは同じ高校の生徒に限られるような気がしてならない。


が、えいりんが何も言わないので、素直に2年3組澤野聖香と書いておいた。


えいりんはその紙を管理人に渡し、私を部屋へと案内する。


その途中にあったロビーで私は思わず足を止める。大きなガラスケースの中に、数えきれないくらいのトロフィーと楯、それにメダルが収められていた。


さらにその正面の壁には『祝! 全国制覇』と書かれた横断幕がかかっている。


桂水高校駅伝部の部室に掛かっている『今年こそ都大路へ』と言う物とはまさに次元が違った。


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