77区 予想外の新入生 その2
その後も、やっぱり暇になる。
私は暇つぶしに絵でも描こうと鉛筆を取ろうとして、机の上に重ねてあった紙の束を落としてしまう。
落とした紙を取ろうと、私が机下に潜った時だった。
「あの駅伝部入部希望です。自分、中学の時も長距離をやってました」
「それは心強い。ぜひうち達と都大路を目指しましょう。はい、名前を書いてね」
葵先輩が言うと机の上で書き物の音がした。
私も書類を全部広い集め、机の下から出ようとしていた。
「えっと、若宮紘子さんですね」
葵先輩の声に呼吸が一瞬止まりそうになった。
私が知っている陸上経験者で若宮紘子と言う名前は1人しかいない。
急いで机下から出ようとして、思いっきり頭を打ってしまったが、目の前にいる生徒を見て痛みも吹っ飛んでしまう。間違いなかった。
「ちょっと! あなたなんでこんなところにいるのよ!」
あまりの驚きに思わず大きな声が出てしまう。
そう言えば、昨年も私は部活紹介で大声を出していた。
間違いない、ナイター陸上で会ったあの若宮紘子本人だ。
「いえ、自分ナイターの時にちゃんと言いましたし。また一緒に走りましょうって」
「え? 確かに言ってたけど、つまりはまた勝負しましょうってことじゃ無かったの」
私の一言に麻子がため息をつく。
「聖香……。あなたの脳みそは筋肉で出来ているの? 普通一緒に走ろうって言われたら、勝負よりも仲間としてでしょ。てかその前に……こんなところはあんまりじゃない?」
言われて今度は私がため息をつく。
「麻子、昨年のナイター陸上で永野先生が言ったこと覚えてない? この子、昨年の全国中学陸上で2位よ。全国2位! ちなみに私、昨年のナイター3000mで負けたし」
私の説明に全員が驚きの声を上げる。
「え! いや、本当になんでこんなところに」
自分でもこんなところと言い出す麻子。
「まぁ、色々ありまして。ここなら楽しく走れそうだなって思いましたし。県高校駅伝で2位になったのを見てますます行きたいなって気になりました。親には少し無理を言っちゃいましたけど、永野先生も色々相談にのってくれましたし」
「え? 永野先生、あなたが受験するの知ってたの?」
私が聞くと若宮紘子かあっさりと頷く。
「ええ。それこそナイター陸上の時にお会いして、色々と話をしてくださいましたし。遠くてなかなか会えなくて、会ったのはその一度だけですけど。後は電話で何度か相談しましたし」
「そう言えば、あなた木名瀬中よね」
「うそぉ、広島県との県境だよねぇ。ここからだとゆうに50キロは離れてるよぉ。そもそも校区外だよぉ」
「だから自分、理数科で受験しましたし。理数科は学校区がありませんから。それと学校の許可をもらって、こっちで1人暮らしです」
そこまでして、若宮紘子は桂水高校に来たかったと言うことなのだろうか。
いったいなんのために。
まぁ、桂水高校は県高校駅伝2位。
つまり県内において、駅伝では城華大付属の次に強い高校だ。
強豪校よりも、強豪校を倒そうとする新勢力に興味があったのかもしれない。
「あ、全国2位の若宮がうちに来て、城華大付属は1、2区を走った3年生が抜けたんでしょ? これはもしかしてあたしたちの時代が来る?」
「その代り、城華大付属には全国1位だった広島出身の雨宮桂って子が入りましたよ。私のライバルです。私、まだ一度も勝ったこと無いですし」
麻子が嬉しそうに口にするが、若宮紘子が冷静に一言説明する。
なるほど、世の中はそこまで簡単に出来ていないらしい。
結局この後、駅伝部を訪ねて来る部員はなく、那須川朋恵と若宮紘子を新入部員に加え、桂水高校女子駅伝部は新たなスタートを切ることになった。
差出人:澤野聖香
題名:ビックリした
本文:桂水高校駅伝部に若宮紘子が入って来た
差出人:市島瑛理
題名:はい??
本文:同姓同名じゃなくて、本当にあの若宮紘子?なんでまた?
差出人:澤野聖香
題名:私が聞きたいくらい
本文:聞いてみたけど、詳しくは言ってくれなかった。でも大幅戦力アップしたのは確か
差出人:市島瑛理
題名:そうだね
本文:さわのんも頑張れ。こっちも速い1年生が何人も入って来て、今年も熾烈なレギュラー争いだ(涙)大型連休、またこっちに来れる?
差出人:澤野聖香
題名:えいりんなら
本文:問題ないでしょ(笑)親に聞いてみて、また連絡するね。出来れば行きたい