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7区  思いたったらくまもと曜日

挿絵(By みてみん)


三連休の初日。

新幹線のドアが開くと、私は勢いよく外に出る。


それと同時に風呂の蓋を開けた時のようなムワッとした空気に包まれた。

まだ5月だと言うのに……。


桂水市に比べ、随分と気温が高いように感じる。

姉の言葉を借りるなら、『さすが火の国熊本』と行った所だろうか。


ことの発端は、昨夜姉から家にかかって来た一本の電話だった。

現在大学3年年生になる姉は、熊本で1人暮らしをしている。

熊本の生活が楽しいのか、それともアルバイトが忙しいのか、姉は実家にほとんど帰ってこない。


私が最後に会ったのは一年半も前だ。

帰って来ることは少なくても、電話はたまにして来る。

昨日も電話に出た母は、長々と姉と喋っていた。


部活から帰って、1人で晩御飯を食べ、後片づけをしていたので、何を話していたかは知らない。

ただ、電話を終えた母から一言だけ言われた。


「聖香。麻衣が明日遊びにおいでって言ってたわよ。せっかくだから行ってらっしゃい。交通費は出してあげるから。ついでに、麻衣に荷物を渡してくれると助かるわ」


そこに私の意見などまったくなかった。


駅を出て目の前にある路面電車に飛び乗る。

初めての熊本に浮かれ気分な私と違い、乗客は「これがいつもの日常だよ」と言わんばかりに静かに座っていた。


私が乗った直後に電車が動き出す。

そこから見える景色は、初めて見るせいか、煌びやかに輝いてい見えた。他の乗客から見ると、やはりこれも見慣れた風景なのだろう。


姉からメールで指定されていた駅で路面電車を降り、私はビックリした。


降りた場所が道路の真ん中だったのだ。

左右を車が勢いよく走り抜ける。

一応、道路と停留所を区切ってあるが、かなりの恐怖感がある。


一緒に降りた乗客は、落ち着いた様子でその場に立っている。

私もそれに倣いその場に立っていたが、内心は心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしていた。


田舎人丸出しだ。


いや、桂水市も人口18万程度で、新幹線が止まる駅もあるので厳密には田舎と言う程では無いのかもしれないが、同じ市でも熊本に比べれば田舎となってしまう。


勢いよく走っていた車が止まり、歩行者信号が青になったことを知らせる音楽が鳴り始めると、周りの人が慌ただしく動き出す。


まるで海波のようなその動きに流され、私も横断歩道へと降り立つ。


一瞬、私はパニックになる。

姉から降りる駅は聞いていても、そこからの進み方を聞いてはいなかったのだ。


左右どちらにも大きなアーケード街が見える。

そのどちらに行けば良いのかが分からない。


だからと言って、この場にじっとしているわけにも行かない。

当てずっぽうに、右側へ歩みだそうとした時だった。


「聖香。こっち!」

その声に私は振り返る。

反対側の街路樹の下から姉が大声で叫んでいた。


姉の姿を見つけ、私は小走りに姉の元へと向かう。


「お疲れさん。ってあんた、随分と大きなバックを持って来たのね」

久々に会う姉の一言に私は少しムッとする。


「母さんが、麻衣姉ちゃんに色々持って行けって言うからこうなったの。それにシューズとかジャージも持って来たし」

ふて腐れ気味に言う私の顔を見ながらなぜか姉は微笑む。


「なに?」

その微笑みの意味が分からない私をよそに、姉は「別に」とやっぱり微笑みながら歩き出す。


姉とアパートへ向かう途中で、かなり上の方を交差する別の道路があるのを見つける。なんとも珍しい光景だった。


姉の説明によると、その道路を真っ直ぐ行くと熊本城の公園に出るらしい。地域の人がその公園でよく走っていると言うことも教えてくれた。


明日の朝、走りに行ってみようかなと思わず思案する。


そこから歩くことさらに15分。

姉のアパートにたどり着いく。

薄い灰色の外観で4階建ての、ごく一般的なアパートだった。


姉がこっちで暮らし始める時、手伝いに行かれなかった私にとって、姉のアパートを見るのはこれが初めてだった。


『一人暮らし』『大学生』そんな単語に、どこか夢のような生活を想像していたが、アパートの外観はそんな気分を一瞬で奪ってしまった。


むしろ、日本全国どこにでもあるその外観は、私に現実と言うものをまざまざと見せつけてくれる。


少しがっかりしながら、3階にある姉の部屋へと行く。


部屋に入った瞬間、あまりの光景に軽く意識が飛びそうになった。


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