62区 先輩達の仲直りと駅伝への出陣
「さっきから聞いていれば、2人ともぐちぐち、ぐちぐちと。まったく、うるさいんですよ。いい加減にしてください」
麻子は相当怒ってるのか、葵先輩と久美子先輩を睨んでいた。
「2人ともいったいなんなんですか? あたし達がやらなきゃいけないことは、こんなつまらないことですか? 駅伝までもう後10日しかないんですよ。何が原因か詳しいことまでは分かりませんが、ぐちぐちと……。だいたい、お互いごめんなさいって一言も言ってないですよね。ごめんなさいって言えないんですか? このまま一生喧嘩する気ですか? それとも自分達が苦労して作った駅伝部を自らの手で壊す気ですか?」
怒りのまま麻子は2人に向かってまくし立てる。
「いや、麻子、ごめん。これには事情があって」
麻子の迫力に負けてか、葵先輩が麻子に謝る。
が、その一言が麻子のさらなる怒りを買ってしまった。
「だから、あたしに言ってどうするんですか。違うでしょ。他に言うべき人が、いるんじゃないんですか?」
先輩が相手でも容赦しない麻子。
頼もしいと言うか、なんと言うか。
これは次のキャプテンは麻子が適任かもしれない。
そんなどうでも良いことをふと思ってしまった。
「ごめん、久美子。ちょっと意地になりすぎたわ」
「こっちこそ、ごめん葵」
2人して謝る先輩達。
それを見て笑顔になる麻子。
「さて、無事に問題も解決したし、今日も元気に走りましょう」
そう言って、部室の奥に移動し、着替え始める麻子。
「麻子って母親になったら、子供に厳しそうね」
「案外、ああ言う人ほど自分の子供に甘い。むしろ、葵の方こそ教育ママ」
「ちょっと久美子? それは酷くない?」
つい今までの喧嘩がウソのように先輩2人は笑いあう。
どうやら仲直りしたようだ。
これで一安心。
それにしても、麻子には感心させられる。
今回の件と言い、私が部活には入れないと言った時と言い、ある意味でこの部活を裏で支えているのは麻子のような気がした。
葵先輩達が仲直りしてからの10日間はあっと言う間だった。
幸いにも誰も故障すること無く、風邪を引くことも無く、万全の状態で駅伝を迎えることができそうだった。
若干ではあるが木々の葉も色が変わり始めた11月の第一土曜日。
時間は午前9時。駅伝に向けて出発するため、私達桂水高校女子駅伝部のメンバーは校門横にある職員駐車場に集まっていたのだが……。
「いや、肝心の永野先生が来てないって、どう言うことよ」
今私達が置かれている状況を麻子が的確に説明する。
そう、部員も由香里さんも来ているのに、肝心の永野先生がいないのだ。
しかも、由香里さんが携帯に電話しても出ないらしい。
「寝坊ってことかな」
「もういっそ、置いて行っちゃうってのはどうかなぁ?」
「それが困ったことに、オーダーリストなどの書類は綾子先生が持っているのよね」
みんなであれこれ相談していると、ものすごいスピードで一台の車が駐車場に入って来た。
永野先生の愛車であるブルーのラポンだ。
「お待たせ。ギリギリセーフ?」
「思いっきりアウトよ、綾子。で、なんで遅れたの?」
「届いたのが昨日の夜だったのよ。無理を言って今日開店前に取りに言って来たの」
由香里さんに説明しながら、永野先生は後部座席からダンボールを降ろす。
「各自一着取ってくれ。私の分もあるから余りが出るはず」
永野先生が取り出した物を見て私達は目を輝かす。
「うそ。これはすごいかな」
「うわぁ、すごく駅伝部ぽいんだよぉ」
「あたし着るの初めて」
そこにあったのは、ロングコートだった。
しかも、晴美の分まできちんと用意されていた。
ユニホームに合わせて、まるで青空のような青色をしたコートの背中に、太陽の光を浴びた雲のように明るい白色を使って、毛筆フォントで「桂水」と力強く書かれていた。
全員でそのお揃いのロングコートを着ると、不思議と身が引き締まる上に、チームとしての一体感がより強いものになった気がする。
「うん。予想以上に似合ってるな。よし、みんな忘れ物は無いな。それじゃぁ、桂水高校女子駅伝部にとって本当の意味での初陣に出かけるとするか」
その一言に全員で返事をする。




