61区 怒る麻子と2人の先輩
「いったいどう言うことですか」
「いや、まぁ、何と言うかね」
開口一番、麻子は葵先輩を問い詰める。
こちらは清楚の欠片も無かった。
葵先輩も珍しく、口ごもっている。
「言い訳はいいです。久美子さんと何があったんですか。てか、駅伝どうするつもりですか」
麻子の追及はお構いなしに続く。
「何があったも何も、あれは久美子が悪いんだから。この期に及んで駅伝に対してやる気が無いって言うんだもの」
「久美子さん、はっきりとやる気が無いって言ったんですか」
「いや、そう言うわけじゃないけど、あれはどう考えてもそう言う意味だったわ」
少し口を濁す葵先輩と、それを聞いてため息をつく麻子。
何を思ったのか麻子はおもむろに携帯を取り出し、少し離れてどこかに電話を掛ける。
私は葵先輩と2人きりになってしまった。
「だいたい久美子ったら、都大路に出たらなにかと面倒くさいって言ったのよ。どう考えてもやる気ないでしょ。言い方変えたら出たくないって意味じゃない」
独り言なのだろうか、それとも私に言っているのだろうか。
どちらとも取れるような言い方で葵先輩は愚痴を言う。
私は何も答えられなかったが、葵先輩もそれ以上は何も言わなかった。
そうこうしているうちに麻子が戻って来る。
いったいどこに電話をしていたのだろうか。
「葵さん。今日こそは部活に来てください。話はその時にしましょう。では、失礼します」
戻って来るなり、かなりドスの効いた声でそう言い放ち、要件は済んだとばかりに麻子は帰ろうとする。
葵先輩も麻子の迫力に押され、「分かった」と一言返すだけだった。
歩き始めた麻子を見て、私は我に返り、「それでは部活で」と葵先輩に会釈をして、その場を離れる。
「さっき、どこに電話してたの?」
「うん? 紗耶のところ。久美子さんに『何があっても今日部活に出て来るように』って伝えてもらったの。なんか別々に説得しても、らちがあかないって分かったから」
教室棟に帰る時に麻子に聞くと、そんな答えが返ってきた。
それだったら最初からそうすれば良いし、わざわざ私が弁当を早食いしてまで、葵先輩の所に行く必要もなかった気もするのだが……。
今の麻子の表情を横目で見る限り、とてもそんなことを口に出して言える雰囲気でもなかった。
その日の放課後、葵先輩も久美子先輩も約束通り部活にやって来た。
そう、確かにやっては来た。
でもさっきから一言も会話をしようとしない。
それどころか目を合わせようともしない。
お互い部室に置いてあるパイプ椅子に腰かけ、それぞれ不機嫌そうにしている。
先輩2人がこんな感じだから、私達1年生も全員何も喋れない。
重たい空気だけが部室に漂っていた。
「もういい。疲れた」
そんな沈黙を破るかのように久美子先輩がそう言って椅子から立ち上がる。
「何その言い方?」
すかさず葵先輩が久美子先輩を睨む。
「別に。深い意味はない」
「だったらそんな言い方しなくていいでしょ?」
「じゃぁ、なんて言えばいい? てか、こんな暇あったら走るべき」
「話逸らさないでよ。自分が言い出したくせして走ろうとか、良く言えるわね」
ついさっきまでの沈黙の方が、よっぽどマシだと思えるくらいに、部室の中は殺伐とし始めていた。
「あの、2人とも落ち着いて欲しいかな」
あたふたしながら2人の間に入ろうとした晴美。
だが、これが火に油を注いでしまった。
「晴美は黙ってて。これはうちと久美子の問題だから」
「葵。八つ当たりはよくない」
「当たってなんかないわ。当たり前のことをいってるだけよ」
「その言い方がすでに八つ当たり」
ついに2人は向き合って言い合いを始めてしまった。
「葵はいつも自分を正当化したがる」
「久美子のその性格よりはマシだと思うけど」
「あと、その卑屈な言い方も」
「なによ、さっきから。いい加減にしてよね」
「いい加減にするのは葵。まるで子供」
葵先輩と久美子先輩の言い争いはどんどん加熱して行く。
仲裁に入ろうとした晴美も紗耶も何も言えず、硬直してしまい身動きが取れないでいた。
一瞬、私の頭に最悪な結末が過ぎる。
どちらか1人でも部活を辞めた時点で、県高校駅伝には参加できない。
選手が4人では5区間ある駅伝を走れないからだ。
つまり都大路への道は参加する前に終わってしまうことになる。
そんな結末は絶対に嫌だが、今この状況を見る限り、だんだんと真実味を帯びてくる。
と、私の隣にいた麻子が何かつぶやく。
その一言は先輩2人の言い合いと、麻子の声が小さかったこともあり、私にしか聞こえなかったようだ。
紗耶も晴美も先輩達をじっと見たままだ。麻子の声が聞こえた私だけが、その一言に戸惑いを隠せなかった。
麻子はもう一度、今度は全員に聞こえるくらいの声で同じことを叫ぶ。
「うるさーい!!」
その声に先輩2人、晴美に紗耶もが麻子を見る。




