57区 「聖香は罪作りな女かな」
「なんか、誰かと会うからちょっと席を外すって言ってたわよ。後、桂水高校の分だけで良いから、正式記録を書いて来てだって」
由香里さんから、永野先生の伝言を聞き、私は晴美と一緒に玄関前のアリーナ―へ行く。
「私が9分25秒11。麻子が34秒45、葵先輩が38秒09、久美子先輩が49秒33、紗耶が50秒82」
アリーナに掲示されている正式記録のうち、桂水高校の分を私は読み上げる。読み上げて帰ろうとした時に、若宮紘子に出くわした。
「あ、あの澤野さんですよね」
緊張しているのか、若宮紘子の声は少し上ずっていた。
「あら、お疲れ。随分と強くなってるわね。完敗だったわ」
「あ、ありがとうございます。あの、高校に入ってから、また一緒に走れるのを楽しみにしています」
「そうね……。次は負けないように頑張るわ。それに私があなたに勝てないと、都大路は不可能そうだしね」
その一言に若宮紘子は不思議そうな顔をして首を傾げる。
「あなた、進学先ってもう決まってるんでしょ?」
「はい。つい最近決めましたし」
今度は笑顔で答える。
「もちろん、城華大付属よね」と言う言葉が喉まで出かかっていたが、無理やり飲み込んだ。
今更聞くまでも無いと思ったからだ。
「一緒に走れるのを楽しみにしています」と言われた時点で答えは出ている。
つまり、来年また勝負しましょうと言うことだ。
えいりんのように県外に行くならそんなことは言わないだろう。
まぁ、大きな目標が出来たのは良しとしよう。
若宮紘子に別れを言って、私と晴美はみんなの所に戻る。
「聖香は罪作りな女かな」
戻る途中で晴美が笑いながら、私に言って来るが、さっぱり意味が分からなかった。
詳しい説明を求めても、晴美は笑ってごまかすだけだった。
ナイター陸上が終わり、私達は由香里さんの車で、由香里さんの旦那さんが経営する料理屋で、遅い晩御飯を食べている。
「なにか食べたい物があったら遠慮なく言ってね。料金は全部綾子に請求するから」
屈託のない笑顔で、由香里さんが言う。
冗談で言っているのか、本気で言っているのかが分からず、私達は苦笑いしか出来ない。
「それにしても、旦那さんが料理人って素敵ですね」
「だよな。特に由香里は料理出来ないもんな」
勝ち誇ったような笑顔で、永野先生が由香里さんを見る。
「え? そうなんですか。なんかだか意外です。いや、綾子先生が料理を出来ると知った時に比べたら驚きは少ないですが」
「こら、大和。冗談でもそれはないだろ」
「え? 別に冗談じゃないですよ。合宿の時、うちビックリしましたもん」
私の存在っていったい……。
と永野先生は本気で落ち込んでいた。
それを見てみんなで笑いながら、また雑談に花が咲く。
しばらく喋った後、永野先生がため息をつく。
「さて、そろそろ肝心な話をしようか」
その一言が何を意味するのか私達は分からず、部員同士で顔を見合わせる。
「駅伝メンバーの発表だよ」
言われ、私達はハッとなり姿勢を正す。
高校駅伝は1区6キロ、2区4・0975キロ、3区3キロ、4区3キロ、5区5キロの5区間だ。
駅伝メンバーの発表と言われるが、正式に言うと走れる部員は5人ギリギリしかいないので、メンバーは決まっている。
問題は誰がどこを走るかと言うことだ。




