56区 ナイター陸上
高校選手権の後に帰って来た定期テストの結果。
中身を見た時に私は思わず、ガッツポーズをしそうになる。
前回に比べて大幅に結果が向上しのだ。
「うそ? 聖香が156位? なんでいきなり30番近く上がったの? 私は10番下がったのに」
「おぉ。せいちゃんやれば出来る子なんだよぉ」
私の結果を聞き、麻子はショックを隠しきれず、紗耶は自分のことのように喜ぶ。
今回の成績アップの理由はただひとつ。
人生の目標が出来た。それだけだった。
永野先生のように高校教師になって陸上部を指導したい。
そのためにはまず、教員免許が必要だ。
となると大学に行く必要があるし、学力も向上させなければならない。
そう考え、夏休みに永野先生が出場した都大路を見て以来、コツコツと勉強を始めていたのだ。
そして、ひとつ気付いた。
どうも私は化学と生物がそれなりに得意だと言うことに。
人に教えようと思ったら、自分がまず良く知っておかなければならない。そう考えると、教員になるとしたら理科教師と言うことになるのだろうか。
別にそこまで永野先生と同じになる必要もないのだが、こればっかりは偶然としか言いようがない。間違っても、苦手な社会の先生が務まるとは思えないし。
目標を持つと言うことが、ここまで人間を成長させることが出来るとは思ってもみなかった。
確かに晴美や紗耶に比べればまだまだの成績だが、自分の中では今回の順位に結構満足していた。
もちろん、これからもまだまだ頑張って行くつもりではあるが。
差出人:澤野聖香
題名:やったよ
本文:
高校選手権で優勝した。800mだけどね。
差出人:市島瑛理
題名:おめでとう!
本文:
やっぱり、さわのんはスピードあるね。こっちは駅伝に向けてロードレースへの参加が多い。トラックは来年までおあずけかな。
高校選手権の二週間後、私達はナイター陸上記録会参加のため、またもや県の陸上競技場を訪れていた。
早朝に降り出した雨も昼前には上がり、すっかり秋の装いをまとった風は、この時間だと肌寒さを感じる。
時刻は19時30分。女子3000m最終組のスタートだ。
最終組には他県の高校生、実業団選手、大学生とそうそうたるメンバーが揃っていた。
唯一の救いは城華大付属がこの記録会に参加していなかったことだろうか。
「綾子先生、これはさすがに無謀以外の何物でもないですよ」
プログラムを見て真っ先に抗議したのは葵先輩だった。
紗耶にいたっては、ショックで意識が遠のきそうになっている。
「速い選手に付いて行けば記録も出やすいし、良い練習にもなる」と言う永野先生の理論と言うか屁理屈の元、桂水高校女子駅伝部全員が最終組に入れられていた。
最終組は全部で24名のランナーが出場する。
人数が多いため、2段スタートとなっていた。
桂水高校で言うと、私は通常のスタート位置から、他の4人は第二グループとしてスタート位置が私より前、その分5レーンから8レーン部分に並んでいる。
ちなみに第二グループは、最初の100mは5レーンより中に入ってはならないルールとなっている。
こうすることでスタートの混雑を緩和するのと、距離を公平にする目的があるそうだ。
私もさっき永野先生に説明してもらったばかりなのだが。
その、第二グループの一番インにいる女の子を私はじっと見ていた。
「あれぇ? この最終組、中学生が2人もエントリーしてるんだけどぉ」
アップに行く前に、紗耶が改めてプログラムを見直して驚いていた。
みんなでプログラムを覗き込み、その2人を探す。
1人は知っている名前だった。
若宮紘子。私達の一つ下で今は中学3年生。
私が県チャンピョンになった試合でも、私、えいりん、山崎藍子に続き4位になっていたし、私が故障して出場出来なかった試合では、2年生ながら県優勝をしたこともある。
ゴールして、少しだけ喋ったことはあるが、そこまで仲が良いと言うわけでもなかった。
「てか、お前ら誰もしらんのか。2人とも相当速いぞ。雨宮桂って子は今年の全中1500mチャンピョン。まぁ、広島の中学だがな。若宮紘子は同じく、2位だ。ちなみにこっちは山口県民だな」
「え? 全国2位? いや、私昨年一緒に走りましたけど、負ける気なんてしなかったですよ?」
永野先生の説明に、私は驚きを隠しきれない。
先生の話によると、どうやら昨年の県駅伝以降、急激に伸びて来たらしい。
スタートラインで、若宮紘子は脚をパンパンと叩いていた。
身長は私よりもちょっと高いくらいだろう。
何より眼を引くのが、髪型だ。
ベリーショートと言って良いくらい短く、耳もすべて出ていた。
それでいて、生まれつきなのだろうか、少しくせ毛気味な感じで、それが全体的にふんわりとした柔らかい髪型を演出している。
最終組はスタートと同時にハイペースでレースが進む。
私の1000m通過タイムが3分3秒それでも先頭から6番目と言う順位だ。
流れに乗って飛び出したものの、ちょっとオーバーペースで突っ込み過ぎた気がする。
ただ、私の真後ろに麻子がぴったりと付いて来ているのだ。
後ろを振り返って確認したわけではないが、いつも一緒に練習していれば、足音のリズムと呼吸音ではっきりと分かる。
スタートして300mで後ろに麻子が付いたのが分かった。
そこからずっとぴったりとくっ付いて来ていた。
麻子に負けたくないと言う気持ちはもちろんある。
でも、今の私はそれ以上に私の2人前を走る若宮紘子に負けたくないと言う気持ちの方が強かった。
去年は全く負ける気のしなかった後輩に、今は必死で付いて行くと言うのが、何とも複雑な気分ではあるが、本当に若宮紘子は強かった。
結局、終わってみれば、私と若宮紘子は6秒差。
距離にして約30mあった。
ダウンも終わり、スタンドに戻ると永野先生がいなかった。