50区 桂水高校女子駅伝部 1年生初陣! その6
久美子先輩が2000mを過ぎた時点で、動きをみせた。
さっきまでとは逆にフォームを小さくして、紗耶のような走り方に切り替える。
それと同時にスピードも少しだけ上げたようだ。順位も10位から9位へと上がる。
紗耶も、そんな久美子先輩に少しでも喰らい付こうと、懸命に走り続ける。だが、少し苦しくなって来たのだろう。今まで小刻みにリズムよく動いていた脚の動きが崩れ始めていた。
「うーん。やっぱり藤木はショート向きだな」
「ちょっと綾子。あんた、それが分かってて、なんで藤木さんを3000mに参加させたよの」
永野先生が何気なく言った一言に、由香里さんが「今すぐ答えなさい」と脅迫するような目で喰らい付く。
「別に虐待してるとかじゃないから。高校駅伝はどんなに短い区間でも3キロ走らないといけないの。これも必要なことなのよ」
その返答に由香里さんも納得したのだろうか。
その後は何も言わない。
レースは先頭がラスト1周を切って大きく動く。
先頭を引っ張り続けていた宮本さんがラスト1周になると同時にスパートをかける。
残りの4人は付いて行けずに、そのまま宮本さんが最初から最後まで一度も先頭を譲らずに1着でゴール。記録は9分20秒44だった。
2位は熾烈な争いになる。
ラスト300mで聖ルートリアの選手が2位になるが、50mもいかないうちに今度は山崎藍子が2位に上がって来る。
この2人の抜きつ、抜かれつの争いはラスト50mまで続く。
最後の最後で藍子のスパートが冴えわたり、山崎藍子が9分30秒99で2位。聖ルートリアの安藤さんが9分31秒43で3位。
ちなみに5位の桐原さんですら9分36秒77。
つまり城華大付属上位3人が9分40秒を切ってたことになる。
「紗耶ラスト!」
「頑張って紗耶」
ラスト200mを切った瞬間に紗耶が仕掛けて来た。
どんどん、久美子先輩との差を縮めて行く。
この200mだけなら1位でゴールした宮本さんにも匹敵するのではないかと言う走りだ。
ラスト100mを切って久美子先輩はフォームをまたストライド走法に戻し、懸命に走る。そのすぐ後ろには紗耶が迫って来ていた。
終わってみれば、久美子先輩が9分50秒04で9位。
紗耶が9分52秒89で10位と言う結果だった。
レースの途中、久美子先輩と紗耶は7秒くらい差が開いていたのに、それを200mで一気に詰めて来た紗耶のラストスパートは、本当にすごいものがあった。
「あぁ、疲れたぁ。レースだと3000mがすごく長く感じたんだよぉ」
レースを走り終わったばかりの紗耶は私達の所に帰って来るなり、叫び声に近い声をだす。
「これが今の自分の精一杯」
久美子先輩は元々静かな方だが、今はいつも以上に静かになっていた。
静かにそう感想をもらす久美子先輩に、「十分だろう」と永野先生はねぎらいの言葉をかけていた。
紗耶と久美子先輩のダウンが終わると、私達は全員で由香里さんの車に乗り、本日の宿泊所へと移動する。
「今回は2日間にまたがって試合があるので、宿泊するから」と、メンバー発表の時に永野先生が言っていた。
まぁ、考えようによっては県総体が例外だったと言えるのかもしれないが。
由香里さんの車に10分程揺られ、宿泊所の旅館に着く。
「これは……なんて言うのかしら。良い意味で言うなら趣のある旅館ね」
「つまり古い。いや、これはぼろい」
必死に言葉を選ぶ葵先輩に対し、久美子先輩がストレートに感想を言う。
「まぁ、私が高校生の時からある旅館な上に、外装は当時と何一つ変わって無いしな。当時私達も初めて見て言葉に詰まったが、まさか改築や改装をしてないとは……」
永野先生も苦笑いしながら旅館の入り口を眺めていた。
「なるほど。だからこう言うことになるんだ」
麻子が1人で何かを見て納得している。
気になって、麻子の後ろから覗き込んで見ると、「歓迎『桂水高校駅伝部』様」と書かれた看板の2つ横に「歓迎『城華大付属陸上部』様」と書かれた看板が立てられていた。
「え? 阿部監督、今でもここを使ってるのか」
真顔で驚く永野先生。どうやら本当に知らなかったようだ。
とりあえず玄関先に立っていてもしかたないと言うことになり、旅館へと入る。