34区 妹キャラ登場。これってテコ入れ回?
夏合宿が終わったからと言って、夏が終わったわけではない。
今年の夏は例年より暑く、午前8時からの部活でさえ嫌になる。
盆を過ぎると若干はマシになるかと思いきや、今年の夏は相当に機嫌が良いらしく、今もってニュースでは今年一番の暑さを記録と言う言葉を耳にする。
盆を過ぎると駅伝部に新しい出来事が増えた。
9月の上旬にある文化祭の準備だ。
桂水高校は部活の多さもあり、模擬店の出店が部活単位でも認められている。
「せっかくだから、うちらもなんか出そうと思うのよね」
葵先輩がそう提案して来るが、その時すでに、生徒会と永野先生さらには家庭科教師の承認印まで貰って来ており、事実上の決定事項となっていた。
部活終了後、全員で毎日のように模擬店の打ち合わせをしているが、その多くがただのおしゃべりとなってしまい、ほとんど進んでないのも事実だ。
「ちょっとジュース買って来ようかな」
今日もいつものように部活が終わり、打ち合わせと言う名のおしゃべりをしている最中に、晴美がそう言って部室を出て行く。
が、3分もしないうちに戻って来た。
財布でも忘れたのだろうか。
それを聞こうとすると同時に、晴美の後ろに人影があるのに気付いた。
「その子は誰かなぁ」
紗耶がその子と言うとおり、どう見ても小学生にしか見えない女の子が晴美の後ろに立っていた。
薄緑のワンピースが涼しげで、見ているだけで暑さを忘れさせてくれそうだ。
それに手に持っているトートバックとサンダルが編み込みで、より涼しをかもし出している。
そうかと思えば、肌はしっかりと日に焼け、小学生にありがちな毎日学校のプールに通って遊んでいる姿が容易に想像できた。
「永野綾子と言う人を探しているのですが。あっ。あたし、永野綾子の娘で永野恵那です」
部室にいる誰もが驚きの声を上げる。
そう言えば、合宿の時に永野先生の過去を聞いたが、結婚しているかどうかは聞いてなかった気がする。
いや、でもその前に今は1人暮らしをしているとか言っていたような。
頭の中を色々な考えが駆け巡る。
「歳いくつ」
久美子先輩がその子に尋ねるが、自分が聞かれているとは思わなかったのだろう。少し間が空いた後に、その子が「小学5年です」と慌てて答える。
とりあえず、職員室にいるであろう永野先生の所まで連れて行くことになった。
歩きながら、私はふとあることに気付く。
さっきこの子は小学5年生と言っていた。
永野先生の年齢が、現在33歳。
つまり22歳の時の子供と言うことになる。
それ自体は世間一般から見れば特に問題ではないし、おかしな話でもない。
でも、今回に限ってはおかしいのだ。
22歳の頃と言えば、永野先生は実業団にいたはずだ。
いや、産休とかあればおかしなことでもないのだろうか。
「あ、お母さん」
そんな私の心に風を吹かせ、もやもやを一掃するかの如く、澄んだ声が廊下に響き渡る。
職員室前の廊下で、永野先生に出会ったのだ。
「恵那? あんたなんでこんなところにいるのよ。来るの夕方って言ってただろ? てか、誰があんたのお母さんよ。あんたの姉になった覚えはあっても、母になった覚えはないんだけど」
もやもやが一掃された後に氷河期が来そうなくらい、冷たい声だった。
「あの、とりあえずうちらに説明を……」
さすがの葵先輩も、このやり取りに付いて行けてないようだ。
葵先輩がこんな状況だ。
私を含め、他の部員もみんな賛同するように頷く。
「ああ、この子は私の妹の恵那。歳は22も違うけどな。私は母が17歳の時の子供なんだ。私の母、高校には行ってなくて、16歳になると同時に結婚したんだ。で、恵那は母が39歳の時の子供。私も最初、妹が出来たって聞いた時は、信じられなかったがな。てか、恵那。お前が夕方にこっちに来るって聞いてたから、思いっきり会議を入れてしまったぞ。大和、すまんが2時間程、恵那の面倒見ておいてくれないか」
「そりゃ、別にかまいませんけど……。どうぜ、文化祭の話し合いがありますから」
葵先輩の返答を聞くと「よろしく」と一言だけ言って、永野先生は職員室に入って行った。どうも、かなり急いでいたようだ。
「じゃぁ、ジュースでも買って部室に行きましょうか」
葵先輩の提案に誰一人反対する者はおらず、みんなで中庭の渡り廊下にある自動販売機に向かって歩き出す。
「ところで、恵那ちゃんはなんで最初、永野先生の娘って嘘ついたのかなぁ?」
「いやぁ、妹って言っても信じてくれそうになかったので。まだ娘の方が現実味があるかなって思ったんですよ」
紗耶の質問に恵那ちゃんが苦笑いしながら答える。
「ところで恵那ちゃんはどうやって、ここまで来たのかな? あと、なんのために?」
今度は晴美が質問をする。
律儀にも恵那ちゃんはクルっと回れ右をして、晴美の方を向き質問に答える。
「あたしと綾子お姉ちゃんの実家って此江市なんですよ。だから、最寄駅から桂水駅まで20分程電車に揺られて、駅からは歩いて来ました。本当は夕方に着いて、帰りは綾子お姉ちゃんに実家まで車で送ってもらうつもりだったんですけど……。今日、プールが休みで暇だったんで早く来ちゃいました。あと、用事はたいしたことないですよ。父が、綾子お姉ちゃんが全国高校駅伝で優勝した時のビデオをDVDに焼き直したんで、渡そうと思っただけです。あ、いけない。今、綾子お姉ちゃんに渡しておけば良かった」
恵那ちゃんの言葉に私達全員が顔を見合わせる。
「ねぇ。見てみたいと思わない?」
「ですよね。葵先輩。あたしもそれ思いました」
「一生に一度のチャンス」
あれ? 文化祭の打ち合わせはどこに。
でも、私も駅伝を見てみたいので、あえて何も言わなかった。
「美術準備室にDVDデッキとテレビありますよ。多分、普通に見れるかな」
「よし、じゃぁジュースを買って美術準備室に行きましょう」
葵先輩の一言に「はい!」とみんなが掛け声をあげ、さっきよりも早足で廊下を歩きだす。
ジュースのことはちゃんと覚えているんだ。と、笑いそうになりながらも、こう言う駅伝部のノリは好きだなと感じている自分がいた。




