30区 地獄の夏合宿始まる
毎日「暑い」と言う言葉を連発し、必死で暑さと戦っていたら月日がいつの間にか進んでおり、気が付けば後一週間もすれば夏休みとなっていた。
「夏休み。素敵な響きかな」
「高校生になっても、やっぱり夏休みは良いもんだよぉ」
まだ一週間先と言うのに、晴美と紗耶のテンションはすでに限界近くまで上がっていた。
まぁ、私も麻子も似たようなものではあったが。
そんな私達を見て永野先生がにこにこしている。
その笑顔がすごく不気味に感じる。
「そんなお前らにもっと楽しくなれるイベントを用意したぞ」
それだけ言ってみんなにプリントを配り出す。
一番最初に貰った葵先輩が「うわっ」と悲鳴を上げた。
紗耶にいたっては「嫌!」とあきらかに拒否反応。
いったいなんなのだ。
そう思い一番最後に貰った私がその紙を見ると……、『夏合宿の説明』と言う文字が真っ先に眼に入った。
期間は夏休みに入った次の日から4泊5日。
しかも、場所が学校だ。
夢も希望もあったものじゃない。
桂水高校は正門横に桂水高セミナーハウスと言う2階建ての建物があり、部活動の宿泊施設としても使用出来るようになっている。
さらにプリントの説明は続く。
見るだけで震えが来そうな練習メニューが平然と書かれている。
「逃げ出したい」
そうつぶやく久美子先輩の眼は真剣そのものだった。
「合宿? 上等じゃない。返り討ちにしてやる」
麻子にいたっては、親の仇でも取りに行きそうな勢いだ。
「そうそう。それに書き忘れたんだが、合宿中の食事は私と佐々木で準備するから」
全員が一斉に驚きの眼で永野先生を見る。
「な、なんだよ。言っておくが料理は出来るぞ。今だって1人暮らしで毎日作ってるし」
私達に驚かれたのが相当不満だったのか、永野先生はちょっとだけ拗ねていた。
まぁ、でも考えようによっては5日間走ることだけに集中出来るのは、ある意味幸せなことかもしれない。この時は確かにそう思っていた。
合宿初日、先週貰ったプリントに太字で『各自、自転車では来ないこと』と書かれていたので親に車で学校まで乗せてもらい、学校へとやって来る。
さっそく宿泊所に荷物を入れ、グランドに集合。
この時点でまだ早朝6時半。
そこからアップをしてロードジョグ開始。
しかも行先は桂水高校の近くににある標高500mの城壁山と言う山の山頂だ。学校からふもとまで4キロ。ふもとから山頂まで6キロ。計20キロの道のり。
山道を走り、脚がパンパンになった状態でグランドに帰ってくると、1000mのタイムトライが待っていた。
それが終わると筋トレ。
そこから昼御飯で、暑い昼間は強制的に勉強時間。
私の中で、これが地味にきつかった。
午後練は、15キロのペース走だった。
練習が終わり、合宿所に戻って来ると、全員ぐったりして倒れてしまう。
「ほら、大和。そんな所で寝てると風邪引くぞ。北原もだ。お前ら、まだ初日だぞ。まったく。それより、晩御飯が出来たから運ぶのを手伝え。はいはい! 起きる! 起きる! 湯川! 藤木! 澤野! お前ら一年が率先して動け。てか、3人ともまずは起きろ」
あ……、なんか今名前を呼ばれた気がした。
「みんな晩御飯いらないのかな」
晴美が不安そうに私達がいる部屋を覗きに来た。
そうだ、せっかく晴美が作ってくれたのだし、しっかり食べないと。
そう思いながら起き上り、配膳をおこない、いざ晩御飯となったのだが……。
ほぼ全員、箸があまり進んでなかった。
「お前ら、一応確認するが。練習がきつくて食べられないんだよな? 私の味付けに不満があるわけではないよな?」
永野先生が不安そうな顔で私達に必死で聞いてくる。
だが、あまりのきつさにみんな返事が上手返すことが出来ず、それが結果として先生を余計に不安にさせていた。
合宿2日目、朝起きてみんなでウォーキングをして体をほぐす。
今日はスピード練習がメインとなっていた。
「さっさと今日の練習を終わらしてやる。どんな練習でもかかって来なさい」
「まぁ、練習メニューは全部分かってるけどねぇ。それに、あさちゃんのセリフじゃないけどぉ、ひとつひとつの練習に集中しればどうにかなるんだよぉ」
麻子は練習前から俄然やる気をみせていた。
どうも逆境には強いらしい。
紗耶はどうにかなると、あまり深く考えないようだ。
だが、この時点で気合いが入り過ぎたのか、2日目終了時には麻子が一番ぐったりしていた。
「こら、麻子。体洗いながら後ろに倒れたら、頭打って死ぬわよ」
みんなでお風呂に入り、体を洗っている最中でも、麻子は眠たそうにしていた。
「陸上の合宿って思ってたのと違う。てか前から思ってましたけど、永野先生ってなんであんなに陸上詳しいんですかね。経験者でしょうか? 先輩方知ってますか?」
フラフラしながら湯船につかり、思いっきり脚を伸ばして天井を見上げながら麻子が悲鳴を上げるような声で喋る。
その声がお風呂中にこだまして、まるで麻子の声が心の中まで響いてくるような感じがした。
いや、現に麻子の一言は私が常々思っていたことではある。
なかなか永野先生本人には聞けなかったのだが。
「実はうち達もあまり知らないのよね。詳しく聞こうと思ったこともなかったし」
「自分は最初から興味がなかった」
先輩方もやはり知らないらしい。
「じゃぁ、今日思い切って聞いてみませんか。別に悪いことでは無いですよね。嫌なら永野先生もそう言うでしょうし」
「だよねぇ。それが良いと思うんだよぉ」
麻子ばかりか、紗耶まで積極的になる辺り、2人とも興味はあったのだろう。
ミーティングの時に麻子が話を切り出すと言うことで話はあっさりまとまった。




