24区 使い古されたミステリーとその再利用 その1
その事件が起きたのは、高校総体が終わってから一週間たった日だった。
部室に行くとドアを開ける前から、中で晴美が何やら大声で喋ってるのが分かった。
「なんて言うか記憶喪失になってるみたいな感じかな。私が名前を呼んでも、一瞬自分が呼ばれてるのが分かってないみたいだったし。いつもなら、私のことをはるちゃんって呼ぶけど、今日はなぜか晴美だし。まるで私と初めて会ったみたいな感じ」
ドアを開けると、他の部員に力説している晴美がいた。
「いったいどうしたの?」
私はため息交じりに晴美に言葉をかけ、床にしいてあるブルーシートの左端へ荷物を置き、改めて晴美を見る。
ちなみに特に指定されているわけでは無いのだが、そこが自然と私の定位置になっていた。
「聖香。今日紗耶に会ったかな? なんだか今日の紗耶変なの。記憶喪失になったみたいで。昨日までは全然普通だったのに」
「いや、今日は会ってないけど。てか、考え過ぎじゃないの?」
珍しく早口で喋る晴美を落ち着かせようと、私はのんびりとした口調で返す。
噂をすれば何とやらで、ドアが開き紗耶が入って来た。
麻子も葵先輩も久美子先輩も一斉にそっちを見る。
ただ、パッと見はどうみてもいつもの紗耶だった。
違う所と言えば、いつもは肩まで伸びた髪を左側だけお団子にしているのだが、今日は右側にしていることだろうか。
お団子に使っているシュシュも見たことが無い物だったが、そもそも紗耶の持ち物をすべて知っているわけでは無いので、そこはあまり意味はない。
「あの……今日の部活なんですけど。体調悪いからお休みしますね。また体調が良くなったら出てきます」
それだけ行って紗耶は急ぐように部室から出て行ってしまった。
部室全体から物音すら消え、まるで誰一人客のいない水族館の中にいるような不思議な雰囲気に包まれる。
「晴美ごめん。疑って悪かった。あれはあきらかにおかしい」
麻子の一言が静まり返った部室に響き渡る。
みんな次の一言が出ずにまた静けさが戻ってくる。
だから、部室のドアが開き、永野先生が大声で叫びながら入って来た時には、すぐそばに落雷があったと思えるくらいうるさく感じた。
「おい、藤木どうしたんだ。頭でも打ったのか? それともなんか変な薬でもやったのか? あれ、藤木の姿をした別人だろ」
わりと酷いことを言っている気がするが、最後の一言はあながち間違いではない気がする。本当にあれは別人だ。
「それが……。うち達も何がなんだか。綾子先生は何かあったんですか?」
「いや、今部室の方から走って行く藤木を見たから、どうかしたのか? って声をかけたんだ。そしたら、『いえ、なんでも無いです。今から帰宅するところです。親切にありがとうございます』って、校門に走って行って……。私のことまるで分かってなかったぞ。あれは記憶喪失か何かを疑うレベルだ。そもそも、藤木って駅から学校までは自転車じゃなかったか?」
私達は顔を見合わせる。
紗耶になにかあったのは疑いようがないようだ。
もしかして本当に頭でも打って記憶喪失になったのかもしれない。
「どのみち今日は疲労抜きジョグだったしな。お前ら、藤木を追跡して話を聞いてこい。私は藤木の担任とか、今日藤木のクラスであった科目の先生とかにも話を聞いてみるから。さすがに今のままだと気味が悪いだろう」
永野先生のツルの一声で私達は紗耶を追いかけることになった。
部活もそのまま今日は終了と言うことで、全員荷物をまとめ自転車で出かける。
紗耶は桂水市の隣にある桜庭市と言うところから毎日電車で通っていた。
桜庭駅と桂水駅は2駅分離れており、桂水高校から桂水駅まで徒歩だと30分近くかかるため、電車を利用して通学する人は、駅から高校まで自転車を利用している人が大多数だ。
「そう言えば、同じ桂水市に住んでても、駅の方は久々」
校門前で少し自転車置き場が離れている先輩方を待っている時に麻子がつぶやいた。言われて麻子だけが家の方向が別だと言うことに気付いた。
麻子は高校の正門を出て西側に家がある。
自転車で大体40分くらいらしい。
葵先輩は高校から南側、駅のすぐ近く。
久美子先輩も駅側に行くものの、途中で大きな道路を東に曲がって行く。
私と晴美は久美子先輩と同じコースを辿りながら、久美子先輩の住むアパートを通り過ぎ、また南へと進路を変え、線路をまたぎ、駅より南側まで行かなければならない。
ちなみに、私の家から晴美の家までが1.5キロ近く離れている。
自転車通学メンバーの中では晴美が一番遠い所に住んでいた。
3分も待たないうちに先輩方がやって来る。
「葵さんどうします? とりあえず駅に向かって行ってみますか?」
麻子の一言に葵先輩が思案し始める。
「葵。早くしないと見失う」
思案する葵先輩に久美子先輩が声をかけ、それが合図となり、全員が自転車を漕ぎ始める。




