21区 桂水高校女子駅伝部初陣!! その8
「お疲れさん2人とも。大和、初3000mながら良い走りだったな。落ち着いた走りが出来てたぞ」
葵先輩は永野先生の一言に照れながらもお礼の言葉を返す。
「本当にすごかったです大和先輩。見てて感動しました」
晴美が笑顔で微笑むと先輩はますます照れていた。
それを誤魔化すようにダウンジョグへと出かけてしまった。
その間に私は、ラップのまとめ方を聞いて来た晴美に色々とやり方を教える。
この一ヶ月半で晴美もすっかりマネージャー業が板に付いており、教えることもほとんど無かった。晴美もマネージャーとして短期間で大いに成長しているようだ。
少したって葵先輩がダウンから戻って来ると、今度は永野先生が、「ちょっと用事があるから席外すな」と言い残して軽い足取りでどこかに行ってしまう。
部員が全員が揃ったところで、私はあることを思い出した。
駅伝部の発足した経緯について先輩方に聞こうと思っていたのだ。
それを言おうとしたまさにその時、私達が座っている場所より3段上の通路から男性の声がする。
「すいません。桂水高校の生徒ですよね。永野綾子さんはどちらにおられますか」
髪には随分と白髪が目立ち、白いポロシャツ一枚の上半身はビール腹なのだろう、少しお腹が出ていた。だが、それすらも全体の雰囲気に合っていると言いたくなるくらい、表情も優しそうな男性だ。
その男性の一言に葵先輩が対応する。
永野先生がいないと分かると男性は名前も告げずに立ち去ってしまう。
みんなは、誰だろうと不思議そうにしていたが、私はその男性が誰か知っていた。
一度会ったことがあるからだ。でもそれを言いだせないでいた。
しばらくして、永野先生が戻って来る。
「永野先生、お客さんが訪ねて来ましたよぉ。白髪の人」
「なんか、かなり年配の男性でした。体型のふっくらした感じかな」
「先生の父親とかですか。優しそうな雰囲気でした」
私以外の1年生が説明をしようとするが、永野先生に上手く伝わらず、先生は首を傾げていた。
そんな状態に私はため息をつく。
その男性が誰であるかはっきり分かってるので、私が一言言ってしまえば良いのだが、躊躇してしまう。
でも、みんなを見ていたらそんな自分がバカバカしく思えて来た。
別に落ち込むことは無い。色々あったのは事実だが、今はこんなに素敵な仲間がいるのだから。
「永野先生。ここに来たのは、城華大付属の阿部監督ですよ」
私の一言にみんなが一斉に私の方を向く。
「聖香、知ってたの?」
葵先輩は、ハトが豆鉄砲を食ったような顔で私を見る。
その表情を見て笑いそうになるのを堪えながら、私は頷く。
「そんな人にいつ会ったことがあるわけ?」
麻子が不思議そうな顔をするので、推薦の話があった時のことを説明する。
一瞬、麻子がそれを聞いて気まずそうにするが、「私はこの駅伝部に入れてよかったと思ってるから別に後悔も未練も無い」と素直に気持ちを打ち明けると、「そっか」と笑顔で頷いてくれた。
私の一言で永野先生があたふたと携帯を取り出し、電話をし始め、またどこかに消えて行った。
「そう言えば、なんで永野先生と城華大付属の監督さんが知り合いなのかぁ」
「言われてみればちょっと不思議かな」
紗耶と晴美が2人して疑問を口にする。
「まぁ、同じ県の陸上関係者なんだし、接点は色々あるでしょ。綾子先生も駅伝部の顧問になってまだ四ヶ月だし、色々な人からアドバイスを貰ってるのかもしれないしね」
葵先輩の一言に私はまた、部の設立にいたった歴史を聞こうとしていたことを思い出した。それを葵先輩に説明すると、先輩は笑いながら久美子先輩を見る。
「べつに説明してもかまわない」
久美子先輩はさきほどの800m予選の疲れか、いつも以上にだるそうだった。




