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2区  走れない私と女子駅伝部(仮)  その2

挿絵(By みてみん)


桂水市内駅伝の一ヶ月後に行われた、県中学駅伝で県3位になった私達の中学からすれば、桂水市内駅伝で優勝するのは容易いことだった。


現に、6区間中5区間で区間賞を取り、大幅な大会新で優勝した。唯一区間賞を取れなかったのが私だった。


その年は1500mで県中学ランキング1位で優勝、県中学駅伝でも区間賞を取ったのに桂水市内駅伝では区間2位だったのだ。


決して私が油断していたわけでは無い。現に私の記録ですら、従来の区間記録を3秒更新していた。相手が速かったのだ。しかも、後から顧問の先生に聞いた話によると、区間賞を取った子はバスケ部だと言う。さらには、駅伝を体操服で走っていたと言うのだ。


名前は湯川麻子。そう、つまり今私の目の前にいる人物その人だ。


「誰だか分かってくれみたいね」

もしかしてまた顔に出ていたのだろうか。言われて私は素直に頷く。


「分かってくれたところで、ちょっとあたしと来てくれる?」

言うと同時に、湯川麻子は私の手を無理矢理引っ張って行く。

向かった先は、なんと駅伝部の机だった。


「4人目連れて来ました」

湯川麻子が明るい声を出し、机に座っている2人に向かって元気よく手を振る。


「えっ。もう連れて来たの」

向かって左側に座っている生徒が驚きながら、急いでその場に立つ。


「初めまして。女子駅伝部部長、大和葵です。こっちは副部長の北原久美子。あなたの名前は?」

「澤野聖香です」

言った直後にしまったと思う。

駅伝部と言うことは、もしかして私の名前を知っているのではないだろうか。


でも、私の名前を聞いた後も、大和葵さんは表情ひとつ変えること無く淡々と喋る。どうやら杞憂だったようだ。


彼女の説明によると、この駅伝部は学校の規則で決められた部活としての最低活動人員である5人に達していないため、まだ正式な部で無いことが分かった。今現在の部員は、目の前にいる大和さんと北原さんだけのようだ。


なるほど。だから説明会の資料になかったのか。


「と言うわけで分かった? そう言うことだからよろしく」

説明が終わると同時に湯川麻子が私の肩を叩く。

つまり、私に入部しろと言っているのだろうか。


「それでは、あたしは最後の1人を捕まえてきます」

違った。湯川麻子の中で、私はもう入部したことになっているようだ。


「ちょっと待ってください。私、部活には……」

「あのぉ。駅伝部に入りたいんですけどぉ」

必死で断ろうとする私の一言に、後ろから別の声が被さる。

後ろを振り返ると1人の生徒が立っていた。

いきなりのことで、駅伝部の先輩も私も湯川麻子も思わずその生徒に見入ってしまう。


「あ、あの。わたし1年2組の藤木紗耶といいます。中学でも陸上部でした」

見られたことで自分が何かおかしかったと思ったのだろうか。

藤木紗耶と名乗る生徒は、あたふたとしながら必死で自己紹介と入部の意志を口に出す。


「ねぇ、久美子。5人そろったわよ」

「みたいね……」

「だから、なんでやる気なさそうなのよ。部になるのよ」

「前にも言った。自分はそう言うの興味ない。葵が熱心に活動するから付き合っているだけ」

なんとも対照的な2人だ。


「あのぉ、5人ってなんのことですかぁ」

話にまったくついていけない藤木紗耶が首を傾げていた。

まぁ、当然の反応だろう。


湯川麻子が説明を始める。

だが、待って欲しい。

もう私が入部したこと前提で話が進んで言っている。

大和葵さんのあの喜びよう。

あの笑顔を壊してしまうのは忍びない。

それでも私は言わなければならなかった。


「待ってください! 私、駅伝部に入るなんて一言も言ってません。そもそも、もう私は走れないんです!」


自分でもビックリするくらい大きな声だった。

駅伝部の机の周りにいた4人はもちろん、他の部活に集まっていた周辺の人達までもが私に注目する。

その視線に私は気まずくなってしまい「ごめんなさい」と言いながら、後ろを振り返ることなくその場を逃げ出してしまった。



電気も点けずにベッドで横になっていると携帯が鳴る。

晴美からの電話だった。一瞬出るのを躊躇してしまう。


あの後、駅伝部の前から逃げ出した後ろめたさと、駅伝部を見つけてしまった時にあふれ始めた自分の感情で心の整理がつかず、私は晴美を待つことも無く、体育館を抜け出し1人で帰宅してしまったのだ。


「もしもし……」

「おっ。電話に出た。先に帰ってたから、なにかあったのかと思ったかな」

電話越しに晴美の明るい声が聞こえる。

正直、その明るさが今は少しだけきつかった。


「ううん。大丈夫。元気だよ」

その言い方があからさまに元気では無いことは自分でも分かっていた。

もちろん、晴美も一瞬でそれを見抜いてしまったようだ。


「それはウソかな」

その一言には私を心配する晴美の優しさが十分に詰まっていたし、私も電話越しにそれをしっかりと感じることが出来た。


だからこそ私は今日あった出来事をすべて話す。

もちろん、自分の感情も出来る限り説明しながら。


「そっか……。聖香、やっぱり本当は走りたいんだね」

晴美の言葉は優しく語りかけるようだった。


走れないならいっそのことと、陸上部の無い高校を選んだ。

そうすればあきらめられると思っていた。

でも、あきらめきれない自分がいたのも事実だし、どんな運命のいたずらか陸上部の代わりに駅伝部なるものがあったのだ。


その事実が、否が応でも私の心をかき乱す。



部活紹介の2日後。

晴美は美術部に顔を出すと言うので、私は1人で帰ることにした。

「一緒に美術部に入りなよ」と晴美には誘われたが、そもそも親には陸上部に入ることはおろか、部活に入ることさえ禁止されている。


私が口を濁すと、晴美のそのことを思い出したらしく「あっ。ごめん」と気まずそうにしていた。


そんな晴美に、「また部活の話をゆっくり聞かせてね」と笑顔で言って1人で家路につく。


下駄箱から自転車置き場へと行き、自転車を押しながら校門へ向かう途中で4人組の走っている生徒を見つけた。


あの時いた4人だ。

4人しかいないと言うことは、私が逃げ出した後は誰も入部しなかったのだろうか。

と言うことは、まだ正式な部では無いと言うことか。


まぁ、私には関係の無いことだ。

そう思いつつも、4人組を目で追っている自分がいた。


走っていた彼女達が向かったのは、自転車置き場の裏にあるグランドだった。

そのグランドを見ると、なぜ桂水高校に陸上部がないのか首を傾げたくなる。

なぜなら、下が土ながらも1周400m、8レーンまである立派なトラックがそこにはあるからだ。


学校紹介時の説明によると、市営の陸上競技場が出来る前は、ここで陸上の試合もやっていたそうだ。


「いいなぁ。こんな所で毎日走れたら楽しいだろうな」

思わず頭の中に浮かんだ一言に自分でも驚く。私は必死でその感情を押し殺す。その時間は果てしなく長くも感じる。


ふと我に返り時計を見る。

時間はそんなに経ってはいなかった。

いけない。そろそろ帰らないと。そう思いながら、歩みを進めようとした時、4人組の1人がこっちを見た。


湯川麻子だ。


不意に目が合い、私は驚く。もしかして私がずっと見ていたことに気付いていたのだろうか。

湯川麻子になにか言われるかと思った。

でも、そのまま彼女はみんなと一緒にグランドの奥へ消えて行く。

私は安どのため息をつく。


しかし次の日の昼休み、私は湯川麻子に呼び出された。


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