17区 桂水高校女子駅伝部初陣!! その4
そんなことを考えていたら、視線を感じた。
周りを見渡すと同時に、何人かの人が慌てて私から視線を外し歩き出す。
いけない。1人でにやけていたので変な人だと思われたのかも。
それからは大人しく座っていたのだが、それでもあきらかに視線を感じることがあった。
それだけでは無い。
たまに「あれ澤野聖香じゃない」とか「走るの辞めたって聞いたけど」と言う声が耳に届く。
なぜだか分からないが、どうも私は注目のまとになっているようだ。
しかもあまり好意的な感じがしない。
見られることも、私のことを勝手にあれこれ言っている会話もすごくイライラする。
そんなふうに遠巻きに見るなら、いっそ話しかけてくれたら良いのに。
「あら、偉いわね澤野聖香。こんなところまで来るなんて」
そう、こんなふうにだ。
と、頭の中でどこか別に世界に旅立っていた感覚が現実に引き戻される。
目の前には山崎藍子が立っていた。
「とっても素敵ね。私の走りを見るために、わざわざ澤野聖香が出向いてくれるなんて」
「いや、藍子。なんか勘違いしてるみたいだけど、私は先輩の付添いで来てるのであって別にあなたを見るために来たんじゃないから」
その一言に山崎藍子が不機嫌になる。
「あっそ! それでも私の走りを見ることに変わりないでしょ。覚悟して見なさい」
それだけ言って藍子はアップに出かけてしまった。
それを見て、さっきまで私のことを何か言っていた人達は「あれ山崎藍子だ」「城華大付属なんだってね」と今度は藍子についてあれこれ語り出す。
いったいさっきからなんなのだろうか。
その疑問をあっさりと解決してくれたのは葵先輩だった。
「うち、改めて認識した。聖香って有名人なのね」
帰って来るなり葵先輩が目を丸くて私を見る。
「アップをしてたら、周りの人が澤野聖香を見たとか、桂水高校にいるみたいとか言ってたのよ。さすが昨年度県中学チャンピョン。注目の的ね」
葵先輩の一言でモヤモヤがあっさりと消える。
つまり昨年の実績があるから注目されていたのだ。
しかも城華大付属を蹴っていたので辞めたと言う噂話が広まり、ここに私がいるものだから、誰しもが疑問に思ったと言うところだろうか。
「でも失礼しちゃうわよね。桂水って陸上じゃぁ聞いたことないとか、弱小校でしょとか言う人がいたのよ。覚えてなさい。県駅伝では絶対に忘れられない名前にしてやるんだから」
試合前の緊張があるのだろうか。
葵先輩にしては珍しく、早口で捲し立てるように喋っていた。
そんな先輩のおかげで、さっきまで私の心の中を支配していた、暗くて重いよく分からない感情は、ウソのように消え去っていた。
私にああだ、こうだと言いながらも葵先輩はストレッチや体操をこなして行く。
さらにもう一度ジョグに出かけ、流しが終わる頃には最終コールの集合がかかった。近くのトイレでさっと着替えた先輩がコールに向かう。
荷物を持って私も後に続く。
無事にコールも終わり、先輩が私の所に帰って来る。
「なんか最終コールが終わったら緊張して来た。あまり考えないようにしてたけど、実は高校になって3000mのレースに出場するの初めてなのよね。1年生の3月末に久美子と1500mには出たことあるけど」
葵先輩は独り言のようにつぶやく。
ここで私はある疑問が湧いた。
3月末に1500mに出場と言うことは、駅伝部は4月に発足したのではなくて、もっと前からあったと言うことなのか。
そんな思いが顔に出ていたのだろうか。
「駅伝部が仮部活として発足したのは昨年度の2月よ。そう言えば1年生にはまだ経緯を説明してなかったわね。そうね、うちが3000mを走って無事に帰って来れたら、みんなにも説明してあげる」
葵先輩は追加説明をしてくれた。
「いや、先輩。別に戦場に行くわけじゃないんですから。大概無事に帰ってきます」
私の一言に葵先輩は笑っていた。
「うん。笑ったら緊張も無くなったわ」
葵先輩は私が持っていた荷物を自分で持つ。
ここで先輩と別れることにした。
葵先輩が出場する3000mは第3ゲートからのスタートだ。
私はこのまま第2ゲート付近で応援してゴールの方に向かうことにした。
スタンドの真下がトラックよりも一段低くなっており、そこが通路になっていた。
もうすでに、他校の生徒が何人か応援のためにその通路に立っていた。
ちなみに葵先輩の荷物は係員が全員分まとめて運んでくれるようだ。
私が中学の時は、そんな有り難いサービスはなく、走り終わってスタートまで荷物を取りに戻っていた。
全力で走り切った後にスタートまで戻るのは結構きつかったりする。




