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160区  彼女達の決断とその実行についてその5

挿絵(By みてみん)


大型連休の最終日。校舎から見える青空は気持ちが良いくらいに綺麗だった。


「それにしても、休みの日に校舎に入るなんて滅多に出来ない体験だわ」

「そっか。聖香はそうなるかな。部活があっても部室とグランドだけだもんね」

最終日の朝、晴美から電話が掛かって来た。


「見せたい物があるから学校へ行かないかな。休日に私とデート出来るなんて幸せなことだよ」

なんとも強引な誘い方だった。


特に反対する理由も無かったので、誘われるままにデート……いや学校へと出かける。


文化部も部活をやっている様子はなく、校舎の中は静まりかえっていた。


聞く所によると晴美は、どうしても大型連休中に全国高校駅伝のイメージポスターコンクールに送る作品を完成させたくて、顧問の先生に鍵を借り、毎日美術室に通っていたらしい。


今回は半年前からコツコツと頑張っていたそうだ。


「それにしても見事に今日は快晴ね」

晴美が絵を取り出している最中に、空を見上げ何気なくつぶやく。


雲ひとつ無い真っ青な空が、遥か彼方まで続いていた。

青色に透き通る空を見ていると心の中まで澄んで来る気がする。


「快晴の晴は、晴美の晴かな」

戻って来た晴美が笑顔で言う。


「晴美のそのセリフ久々に聞いた。何年振りだろう」

「えへへ。私も自分で言って妙に懐かしかったかな」

晴美が初めてそのセリフを言ったのは小学生の低学年だった。


なんでも親が「晴美」と名付けたのは「快晴の空のように綺麗な子供に育って欲しい」と言う願いを込めているからだそうだ。


それを知った晴美が、ある晴れた日に嬉しそうに言っていた。

その日の晴美の笑顔を、私は今でもはっきりと覚えている。


「それはそうと、これが完成した作品。ちなみに締め切りは6月末だけど、私は聖香に見せたら提出しようと思ってるかな」


晴美は持っていたキャンバスボードを恥ずかしそうにひっくり返し、私に絵が見えるよする。


そう言えば私がキャンバスボードと言う言葉を覚えたのは、中学生の時に晴美がいる美術部に遊びに行った時だった。


そんなことを思い出しながら晴美の絵を見た瞬間、私は言葉を失う。


絵の中で風が吹いていると思った。


ピンクのタスキを肩から掛けた女性ランナーを、斜め後ろから見た視点で晴美は絵を書いていた。


その女性の黄色いランシャツと青いランパンのシワ、揺れる髪の毛、脚の筋肉、後ろに蹴った左足、そのすべてが前と進む彼女の力強さを感じさせると同時に、風を生み出している。


それだけでは無い。一番手前に書かれた彼女と競いながら走る3人の女性ランナー。彼女達の勢いを表すためにわざとぼやけて書かれた後ろの景色。それらすべてが合わさって、この躍動感と風が生まれているのだ。


「あの……聖香。黙ってないで何か感想を言って欲しいかな」

晴美の声で私は我に返る。


いったい、どれくらい晴美の絵に見とれていたのだろうか。


「素直に感動した。風のごとく駆け抜けている感じが伝わってくる」

多分私は、あまりの感動に気持ちが舞い上がっていたのだろう。

目の前にいる晴美が顔を真っ赤にするまで、自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったのか、気付くことが出来なかった。


「聖香。そう言ってくれるのは嬉しいけど、さすがに恥ずかしいかな」

晴美は顔を赤くしながら、「なんて言っていいのか分からないかな」と困りつつ返事を返す。


ちなみに、どんな反応をするか分からないから、絶対に駅伝部のみんなには秘密にしてほしいと念を押されてしまう。


「これだけ素晴らしい作品なんだし、みんな褒めてくれるよ」

「もしも全員が聖香みたいなことを言ったら、あまりの恥ずかしさに私は瀬戸内海に全力ダッシュで飛び込む自信があるかな」


私は笑顔でフォローするが、晴美の顔を見ると目がまったく笑っていなかった。

その顔を見て、さすがにみんなには黙っていようと心の中で誓う。

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