16区 桂水高校女子駅伝部初陣!! その3
久美子先輩が走るのは1組目。
一番最初の登場だ。
「うわ。なんか800mでこの多さはやっぱり違和感がある」
中学生の時は、人数がそこまで多くなかったせいか、予選も8人ずつだったので、15人が一斉に走るのを見るのは初めてだ。
しかもスタート前、横一列に並んでいて、ますます800mの感じがしなかった。普通800mは最初がセパレートコースなので、200mや400mのように、レーンごとにスタート場所が違うのだ。
久美子先輩はインから4番目。
その横にはさきほど山崎藍子が着ていたジャージと同じ、上下蛍光オレンジのユニホームの選手が立っている。
もちろん城華大付属の選手だ。
なんて名前の選手だろうと思いプログラムを広げようとすると、
「え? 久美子、桐原さんと同じ組なんだ」
葵先輩が先に答えを言ってくれたので、開きかけたプログラムを私は閉じる。
「その人すごいのかな」
晴美がそっと私に耳打ちして来るが、初めて聞く名前に私は首を傾げるしかなかった。
それを聞いていた永野先生が、プログラムの800mのページを見るように告げる。
晴美がプログラムを見て驚きの声を上げた。
何事かと思って私も覗くと、晴美がページの上の方を指す。
『県高校記録 桐原亜純 2分07秒21』
その文字に思わず絶句する。
久美子先輩の横に並んでいる人は、県記録保持者だ。
「ちなみに桐原は1、2年ともインターハイに出てるぞ。まぁ、1年の時は3000mでだがな。種目の距離を伸ばしていくのは良くあるパターンだが、縮めて行くのは珍しいな。1年の時でも3000mを9分30秒は切ってたはずだが」
永野先生が自分の記憶を思い出すようにしながら語る。
その瞬間ピストルが鳴った。
しまった。話に夢中でスタートを見れなかった。
でも、晴美は話を聞きながらも、きちんとストップウォッチを押していた。やっぱりマネージャーとしてしっかりと成長している。
私がトラックに眼を移すと、桐原さんが先頭に立っていた。
その後ろになぜか久美子先輩がぴったりと付いている。
スタートして100mもいかないうちに、2人だけ大きく抜け出した感じだ。
「久美子先輩、オーバーペースかな」
晴美が不安そうな声を出す。
「私の指示だけどな」
その晴美の横で、永野先生があっけらかんとつぶやく。
私と葵先輩が思わず先生の顔を見る。
「別に大したことじゃない。今回の試合自体がスピード練習の一環だしな。最初からガンガン行けと言ってあるだけだ」
その言葉通り、久美子先輩は桐原さんにぴったりと付いていた。
200m行った所ですでに後続と30mの差が付き、2人の準決勝進出はこの時点で決まったも同然だった。
ただ、2人ともペースを緩めることなく、どんどん前へと進んでいく。
桐原さんに久美子先輩が付いて行くと言う形だけは最後まで変わらず、終わってみれば久美子先輩のタイムは2分17秒77と言うかなり速いものだった。
しばらくすると久美子先輩、麻子、紗耶が帰って来る。葵先輩が久美子先輩をべた誉めしていたが、当の久美子先輩は「もう無理。出し切った。準決は終わった」と、ものすごくだるそうにしていた。
それを聞いて笑いながら葵先輩が時計を見る。
時刻は11時。12時半から3000mの1組目がスタート。
葵先輩の3組目が13時スタートとなっていた。
そろそろアップに出かけるのだろうか。
私も付き添いのために準備をして葵先輩と一緒に出掛ける。
第2ゲートで受付を済ませ、ゲートの外にある植え込み前に葵先輩は荷物を置く。
「ごめん聖香。私、アップは一人でやりたいから、荷物番だけお願い出来るかしら?」
葵先輩のお願いに私が快く頷くと「ごめんね。ありがとう。」と笑顔で言って葵先輩はアップに出かけてしまった。
荷物番を任された以上、遠くに行くことも出来ずその場に座っていたのだが、かなり暇だった。
ちらっと葵先輩の荷物を見る。
先輩はバックの上に受付で使ったランシャツを置いていた。
まだ真新しいランシャツはそれ自体が光を放っているかのように輝いており、とりわけ胸の部分にある『桂水』と言う校名が一段と強く輝いてみえた。
そのランシャツを見ると思わず笑みがこぼれてしまう。
今回はレースに出場出来なかったが、私自身このユニホームを着て早く走りたくてたまらない気持ちだ。




