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156区  彼女達の決断とその実行についてその1

挿絵(By みてみん)


3年生になった最初の日、私は一本の電話で目が覚める。


着信を見ると山崎藍子だった。


1年生の県総体の帰り際に偶然出会い、無理矢理番号を交換して約2年。

お互いに一度たりとも連絡をしたことは無かったのだが。


寝起きで頭が回り切っていないまま電話に出る。


「ちょっと澤野聖香! あなたいったいどこまで知ってるのよ」


電話に出た瞬間、まるでジェット機のエンジン音を思わせるような音量で山崎藍子が叫ぶ。


おかげで完全に目が覚めた。


「何よいったい」

「だから澤野聖香。あなたはどこまで知っているのかと聞いてるのよ」

「だから何についてなのかと、聞き返してるじゃない。いきなりそんなこと言われても、私には見当もつかないんだけど」


「なにを言ってるよのあなた。一つしかないでしょ。市島瑛理が城華大付属に転校して来た経緯について、どこまで知ってるのかって聞いてるの!」

藍子の言葉を一瞬理解出来なかった。


えいりんが転校して来た?

いや、少なくとも私はまったく知らないのだが。


そもそもえいりんに最後に連絡したのはいつだったろうか。

二週間くらい前だった気がする。


そう言えばその時に、色々と最近忙しいとは言っていたが、まさか転校の準備をしていたと言うことか。


「ちょっと聞いてるの澤野聖香」

「あ、ごめん。大丈夫。で、なんでえいりんは転校して来たの」

「だからそれをあなたに聞いてるんでしょ。今日は顔見せだけだったし。私はあなたなら知ってると思って、わざわざ電話したのよ!」

最後は不満そうな声をしながら山崎藍子は電話を切った。


時間を見ると10時をすでに回っていた。

昨日夜遅くまで勉強をしていたせいで、寝坊したようだ。


この時間なら大丈夫だろうとえいりんに電話をかける。


よく考えると、メールは頻繁にするが電話は久しぶりのような気がした。

5回ほどコール音がして、えりいんは電話が出た。


「どうしたの、さわのん。電話なんて珍しいわね」

「いや、えいりんに聞きたいんだけど。城華大付属に転校したって本当?」

私が尋ねると、えいりんは一瞬だけ沈黙する。


「ああ、藍子か。まったく、もうちょっと後で驚かしてやろうと思ったのに。そうだよ。3年生から城華大付属の生徒だよ。もちろん陸上部に入るから」

「なんでわざわざ。熊本の高校でも十分レギュラーだったし、都大路だって2年連続で走ってるじゃない」


「うん。私も自分を試したくて県外に出たはずなんだけどさ……。気付いたんだよね」

「何に?」

私の問いにえいりんがまた沈黙する。


「さわのんと直接対決をしたいって気持ちが自分の中にあるって」

「ちょと待ってよ! だって今年はまだインターハイも都大路も」


「そう。それなのよ。お互いが勝ち上がっての対戦ってのは、勝負出来る確率が低いって気付いたの。現に昨年がそうだったもん。だから考えたの。だったら、私がさわのんと同じ舞台に上がってしまえと」

「あの。まさかそれだけのために転校して来たの」


「違うわよ」

えいりんはムッとしたような声を出す。


「私にとってはこれが全てと言っていいくらい大きなことなの。そうでなきゃ半年間を捨ててまでここには来ないわよ」

「半年間を捨てる?」

「そう。親の転勤などと言う正当な理由が無い限り、転校すると高体連の試合に半年出られないの。そうしないと引き抜きが起きるでしょ。つまり言い代えると、私は都大路を賭けて、さわのんと対戦するために来たの。いろいろ調べたけど、今年はさわのん5区が濃厚そうだし」


「いや、そんなに上手くいくかしら。だいたい、そっちには藍子がいるでしょ」

「ご心配なく。秋までには倒して、瑛理様って言わせるくらい手なずけておくから」

冗談とも本気とも取れるような声でえいりんが言う。


それにしても、なぜえいりんも藍子も私と対戦をしたがるのだろうか。

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