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117区  昨年以上に盛り上がれ!文化祭!!その4

挿絵(By みてみん)


「こ……これはかなりきつい」

ようやく客の波も落ち着き、休憩に入る。

さすがにぐったりだ。


「いや〜残念だったな。私が桂水クイーンになってれば、澤野をゆっくり休ませてやることも出来たんだがなあ」

永野先生がワザとらしく笑いながら私に話しかけて来る。

いや、別に私が先生を押しのけたわけでも無いのだが。


「それにしても、これは明日が思いやられる。まだ晴美の絵も見に行ってないのに」

「いや、麻子。今年は私、絵の展示をしてないかな」

晴美の一言に麻子が首を傾げる。


「実は全国高校駅伝のポスター作製が忙しくて、展示用を書く暇が無かったんだよ。しかもポスターの方は落選しちゃったかな」


晴美はちょっとだけ苦笑いをしていた。

その事実を私も初めて聞いた。そう言えば8月末が発表だった気がする。


晴美自身、自分からは結果を言わなかったし、私が3000m障害で高校新を出したり、その後も文化祭の準備などで忙しく、すっかり忘れていた。


それでも美術室には用事があるようで、メイド喫茶の片づけを私達に任せ、晴美は美術室へ行ってしまった。


その片付けも終わり制服に着替えた後で、私は晴美と一緒に帰ろうと美術室へと向かう。


多分時間がかかるから迎えに来て欲しいと晴美に頼まれていた。


「失礼します」

美術室に入るが中には誰もおらず静寂だけが漂っていた。

晴美もいないと言うのはどう言うことなのだろうか。


もしかしたらゴミ捨てとかに行っているのかもしれない。

私はもうしばらく待つことにした。


暇つぶしに展示されている絵を見て回る。


落ち着いた色遣いの風景画。まるで絵の中から今にも飛び出して来そうなくらいにリアルに描かれた人物画。幾何学的に書かれた不思議な絵。どれも同じ高校生が書いたとは思えないくらいに素晴らしい作品だった。


こう言う才能がある人がうらやましいと、一度晴美に言ったことがある。


それを聞いた晴美は笑って「聖香みたいに速く走れる才能をうらやましいと思える人間だって大勢いるかな」と返して来た。


私は自分の足の速さを才能だと思ったことは一度も無い。

どちらかと言うと毎日の練習と日々の努力の結果であると考えている。

もちろん、それを晴美にも話した。


「絵を書くのも似たようなものかな。日々上手くなるための努力の繰り返し。結局、他人をうらやましく思うのは自分にどれだけの価値があるか知らないからなのかな」


そう答えながらも、私に優しく微笑んで来たあの時の晴美は、随分と大人びて見えた。


と、後ろの方で扉を開ける音がして、我に返り振り返る。

晴美が来たのかと思ったが、入って来たのは予想外の人物だった。


「紘子? どうしたの?」

私の問いかけに紘子は一瞬だけ笑ってごまかす。

美術室に入って来た紘子は落ち着きなくどこかそわそわしていた。


「もしかして晴美に用事? 今いないみたいよ。私も待ってるところ」

「いや、別に晴美さんに用事ってわけじゃないですし」

紘子の態度はあきらかにおかしかった。


「どうしたの紘子? なんだか走っている時とは別人ね」

私が笑うと、紘子は急に大人しくなる。


「あの……。聖香さん……」

まるで勇気を振り絞り、言葉をひねり出すかのように、紘子が私の名前を呼ぶ。


「走る時と言えば、聖香さんはなんで自分が桂水高校に来たと思いますか?」

言われて私は少しだけ思案する。


確かに最初のうちは気になっていたのだが、いつのまにやら考えることもなくなり、気が付けば駅伝部の一員として紘子もすっかり馴染んいて、気にすることも無くなっていた。


でも冷静に考えてみると、中学生の時に全国でも上位に入った紘子が、数々の推薦を断ってまで来たのだ。よっぽどの理由があったのだろう。


「う〜ん。永野先生がいたから?」

私は考えられる理由の中で、一番現実味がありそうなものを上げてみる。


「残念。違いますし。実はすごく馬鹿な理由ですけど……。中学生の時から好きな人がこの高校にいるんです。その人と同じ所で走りたくて、来ました」

「え?? そうなの。意外。紘子って恋愛話とか一切しないし、男には興味ありませんとかすごくクールなことを言ってるから、興味無いのかと思ってた。で、どんな人? 何年何組? 追いかけて来たと言うことは年上よね?」


自分でもなぜか妙にテンションが上がってしまっているのが分かった。

なぜかこう言う話は盛り上がってしまうものだ。


それとは正反対に、紘子は苦笑いしながらため息をついた。


「自分、今かなり勇気を持って言ったんですけど……。聖香さん、重要なことを聞きのがしてますし」

そこまで言うと、まるで次の一言を言うための勇気を溜めるかのように、紘子が大きく深呼吸をする。


「好きな人と同じ所で走りたかったんです……。聖香さん。自分、聖香さんのことが好きです」

紘子の一言でテンションが上がっていた私も一瞬で冷静になった。

と言うより、言われた言葉の意味を理解するのに時間がかかっていた。


「あの、すいません。変なこと言いましたし。でも、気付いたら中学の時に聖香さんに惚れていました。聖香さんの走りを見た時に一目惚れって感じで。結構これでも本気で悩んだこともありましたし。ただの憧れかなって考えたり、そもそも私も聖香さんも女性なのにって。いや、それまではずっと男の人を好きだったんですよ。なんて言うか、好きになった人がたまたま女性だったみたいな感じですし。必死で自分の考えが間違ってるって思おうとしたんですけど、結局自分の気持ちには嘘が付けなくて。ごめんなさい。自分、聖香さんにすごく迷惑かけてますし。あの、忘れてください。気にしないでください。別に付き合ってくださいとか言いませんし。ただ……自分の気持ちを知ってほしかっただけですし」


紘子はそこまで喋って黙って俯いてしまった。


「私、生まれて初めて告白された。なんか恥ずかしいと言うか、体の中がすごい熱いって言うか、変な感じがする。いや、なんだろうねこの気持ち。あのさ、紘子のことはすごく大切に思ってるよ。これからも一緒に走って行きたいし。でもね……」


それ以上私は言葉が続かなかった。


代わりに紘子にそっと近づき、頭を優しくなでる。

俯いていた紘子が顔を上げる。


きっと私は告白された熱にでもやられたのだろう。


目に涙を溜めた紘子の顔を見た瞬間に、軽く唇を重ね合わせていた。

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