11区 意外な所で出会ったライバル その2
えいりんと別れて姉のアパートまで帰って来ると、姉はすでに起きており朝御飯を作っていた。
「あんた本当に走るの好きなのね」
姉の顔はあきらかにあきれ顔だった。
そんな姉を適当にあしらいながら、シャワーを浴び朝御飯を食べる。
片付けは私がおこない、その後姉に連れられて熊本城を見に行く。
つい数時間前に外から見た熊本城は、中に入り間近で見るとその時以上に堂々として見えた。
天守閣からは熊本の街が一望出来る。
さらには遥か遠くに阿蘇山がそびえ立っていた。
その素晴らしい景色に私は素直に感動してしまう。
その後、路面電車とバスを使い、競技場にたどり着くと、すでに13時45分だった。
バスに乗るのにバス停が分からず、手間取ってしまったのが原因だ。
そもそも、姉の説明も分かりにくかった。
家に帰ったら文句を言ってやろう。
そう思いながら、スタンドに上がる。
えいりんは無事に決勝に残っているのだろうか。
いや、予選落ちをしていたら携帯に連絡ぐらい来るだろう。
「あ!」
そこまで考えて大声をあげてしまう。
周囲の観客が一斉に私の方を向く。
あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になり、反射的に下を向く。
携帯に連絡もなにも、お互い連絡先を知らないのだ。
早朝出会った時も携帯を持っておらず、どちらも相手の連絡先を知らないと言うことが確認されただけで話が終わってしまった。
これは、もう一度えいりんに会って番号を聞かないといけない。
そう思い顔を上げると、1500mのスタートラインに人が集まりだしていた。
でも、私はホームストレートの中心地点からかなり上段に上がった場所にいるので、えいりんがいるのかどうかは肉眼で確認出来ない。
その時、向かってにあるオーロラビジョンが1500mのスタートラインに並ぶ選手達を映し出す。
カメラが1レーン側から外側に向かって流れる。
私は食い入るようにその映像を見る。
6人くらい行った所でえいりんが映る。
紫の上下に腰と肩辺りに黄色のラインが入っており、胸にはやはり黄色で『鍾愛女子』と名前が入っている。
朝は何もしていなかったが、今は前髪をピンで留めていた。
全員がオーロラビジョンに映り終わると場内にアナウンスが流れる。
陸上経験者にとってはおなじみの放送だ。
「ただいまよりトラックで行われますのは、女子1500m決勝であります。予選は本日10時より行われ、3組の各4位までと各組5着以下上位4名、計16名によりまして決勝が行われます。それでは出場する選手をレーン順に申し上げます」
その後、選手が紹介されていく。
中学生に大学生、社会人と本当にさまざまな年齢の人が決勝に残っていた。
「続きまして第7レーン。市島さん。鍾愛女子」
名前を呼ばれえいりんが手を上げて一礼をする。
「なお、市島さんは予選トップの記録であります」
驚いた。
朝出会った時に優勝してみせると確かに言っていたが、冗談と言うかあくまでそう言う気持ちでと言う意味かと思っていた。
えいりん、本気で優勝する気なのか。
選手紹介も終わり、いよいよスタートとなる。
選手がラインぎりぎりに並び、一瞬の静寂の後、ピストルの音と同時に一斉に飛び出す。
私は必死にえいりんを眼で追う。
彼女はスタートして100mの地点で前から6番目にいた。
全体が集団となってレースが進む。
けっしてペースは速く無いようだ。
中学生の時ならえいりんはきっと前に出ていただろう。
いつも彼女は自分のペースでレースを進めたがっていた。
それが今回は決して前に出ようとはしない。
トラックを1周しても集団はばらけること無く一塊のままだった。
タイムもお世辞にも速いとは言えない。
これだったら私が県中学ランキング1位を出した時のラップの方がよっぽど速い。
ちなみにその時は私とえいりん、それからもう1人を加えた私達の学年トップ3がスタートと同時に激しい競り合いをしていた。
1周目のラップを確認して遅いと感じたのか、3番手辺りにいた選手が先頭に出て集団を引っ張りだす。
ペースが上がったのだろう。
若干縦長になり始めたが、まだ一つの集団と言った感じだ。
それからトラックをもう1周する間に先頭が二度入れ替わった。
何人かが遅れ始め、先頭集団は7人となる。
ちなみにえいりんはその集団の6番目。
つまりは先頭集団の後ろから2番目だ。
えいりんが私のいる場所の前を通るのもこれで3回目。
つまりもう50m走れば、ラスト1周。
これはラスト200mぐらいからスパート合戦になるのだろうか。
食い入るようにレースを見つめながら先の展開を予想していると、ラスト1周を告げる鐘がなる。
そして、その瞬間、早くも私の予想が外れたことを確信した。
それはまるで今まさに400mがスタートしたかのようだった。
6番手につけていたえいりんが、鐘が鳴るのと同時に一気にペースを上げる。
そのあまりのスピードに他の選手は誰ひとりついていけなかった。
前の選手をどんどん抜いて行き、あっと言う間に先頭へ躍り出た。
ラスト200mの地点で2位と30m近くも差を広げる。
ホームストレートに入った時には、すでにえいりんの優勝は決まったも同然だった。
あまりにすごいスパートに、観客席が歓声で騒めいている。
えいりんは最後の直線に入ると、腕を必死で振り、地面を思いっ切り蹴るような感じで脚を動かしながら、スピードを上げる。
さすがにきついのだろう。
やや顔をしかめながらも懸命に走る。
その息遣いがスタンドまで聞こえてきそうな感じがした。
それでも最後まで決してスピードを緩めることなく、ゴールラインを駆け抜ける。まさに有言実行。高校デビュー戦でえいりんはいきなり県トップになったのだ。




